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芸能IT政治トつ国下層


2011-04-28

【現代芸能】吉本興業02-00--「ヨシモト芸人を作ろう!」シーズン02!見出し 2011_04_28_[THU]



2011_04_28_[THU]



【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!S02



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



他の芸能考察ブログと違い

【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察する


シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】 のシーズン02!

-->コレまでの「ヨシモト」関連エントリー

---シーズン02見出し---
---02-01見出し---2011_04_21_[THU]

「ヨシモト」のドンとソノ御仕事
  1. ▼「ヨシモト」ドンの椅子に座るという事は?
  2. ▼「ヨシモト」ドンの椅子で行う御仕事とは?
---02-02見出し---2011_04_22_[FRI]

「ヨシモト」のドンが興行師の理由
  1. ▼「興行師」の理由01「運営管理」?
  2. ▼「興行師」の理由02「生存管理」?
---02-03見出し---2011_04_23_[SAT]

「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦前」
  1. ▼「企業防衛」興行師達の追撃
  2. ▼「企業防衛」戦前の肉体言語型3例
---02-04見出し---2011_04_24_[SUN]

「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦後」
  1. ▼「企業防衛」交渉という追撃
  2. ▼「企業防衛」戦後の交渉型3例
---02-05見出し---2011_04_25_[MON]

「ヨシモト」興行稼業とライオンの子供達
  1. ▼「興行屋」血みどろ地上戦の勝利と敗退
  2. ▼「興行屋」若手色モノの常打ちという稼業
---02-06見出し---2011_04_26_[TUE]

「ヨシモト」のドンと興行師「大崎洋」
  1. ▼「ヨシモト」史上の最年少幹部「大崎洋」
  2. ▼「ヨシモト」バベルの闘争碑と「大崎洋」
---02-07見出し---2011_04_27_[WED]

「ヨシモト」のドン若き「破壊者」代表的MG
  1. ▼若き「破壊者」曰く「漫才は一切するな!」
  2. ▼若き「破壊者」引押しで勝ち取った「印税」MG
  3. ▼若き「破壊者」ベテランに潰さぬよう「隔絶」MG
---シーズン01見出し---
---01-01見出し---2010_05_18_[TUE]

「ヨシモト」スーツを着たテキ屋、興行師軍団
  1. ▼「小説吉本興業」幕開き
  2. ▼「ヨシモト」とは何なのか?
  3. ▼「ヨシモト」が持つ特質は?
  4. ▼「ヨシモト」資料や関連書籍で、
  5. ▼「ヨシモト」がナゼ漫才にこだわるか?
  6. ▼「ヨシモト」がナゼ芸人より上か?
  7. ▼「ヨシモト」幹部が社員に贈るイズム
  8. ▼「ヨシモト」幹部しか知らない謎の小箱
---01-02見出し---2010_05_19_[WED]

「ヨシモト」創業と攻撃的経営史
  1. ▼「ヨシモト」創業前、上方では、
  2. ▼上方「桂派」VS「三友派」の争いは、
  3. ▼「ホリエモン」如し「岡田政太郎」参上。
  4. ▼「ヨシモト」創業、「反対派」と手を組む。
  5. ▼「ヨシモト」と二代目「岡田」の利権戦争。
  6. ▼「ヨシモト」初めての関西制覇。
  7. ▼「ヨシモト」創業の攻撃的経営手法
  8. ▼「ヨシモト」攻撃的経営史
  9. ▼漫才師の父「林正之助」と落語
  10. ▼「ヨシモト」物語を彩る「吉本せい」
---01-03見出し---2010_05_20_[THU]

「ヨシモト」芸と政治
  1. ▼「ヨシモト」の2010年、政治案件パドリング?
  2. ▼「ヨシモト」の「ワッハ上方」と政治案件?
  3. ▼「ヨシモト」の屋台骨を折りかけた政治案件?
  4. ▼「辻阪」脱税疑獄関連を追った記事や
  5. ▼「神創り」太古から政治と芸能は切れない。
  6. ▼「世阿弥」は政治で生かされ政治で死ぬ。
---01-04見出し---2010_05_21_[FRI]

「ヨシモト」と闇勢力
  1. ▼「ヨシモト」とライオン興行師【林正之助】
  2. ▼「ヨシモト」と浪曲師【広沢虎造】「ツブシ」案件?
  3. ▼今と違い興行師は興行師であった時代。
  4. ▼この【広沢虎造】案件での切った張ったは、
  5. ▼喧嘩上等!【桂春団治】を監禁せよ
  6. ▼「浪曲」や「落語」と違い【講談】という
  7. ▼「山春」のように興行師とは違う
  8. ▼興行とは「顔」で行い体を張る稼業だ。
  9. ▼現在は興行にも「業界コンプライアンス」が



---見出し---2010_08_05_[WED]

吉本創業百周年予想
  1. 【歴史コンテツ】から「予想セット」?
  2. 【歴史コンテツ】の販売とは?
  3. 「吉本史」コンテンツを販売?
  4. 「吉本史」伝説芸人音源を何故売らない?
  5. 「吉本史」過去の「再構築」で再権利化?
  6. 「吉本流」【歴コン】販売を仕掛ける?
  7. 「吉本史」歴コン販売予想?
---見出し--- 女タレ---2010_07_23_[FRI]

「NMB」予想、「ベース値」暴落には神風ナンピンで対抗。
  1. ▼【吉本本体】バッティング業務の丸め無し?
  2. ▼初期予想の「指定条件」が早くも崩れる?
  3. ▼【吉本本体】が業務の丸めをしない?
  4. ▼【吉本本体】の女タレ枠には呪いが?
  5. ▼「NMB」少しだけ逆張り予想しておこう?
---見出し--- 女タレ---2010_07_13_[TUE]

「つぼみ」をS&B、秋元AKBと手を組む。
  1. ▼「ヨシモト」気質とは?
  2. ▼「ヨシモト」AKB「秋元」と組む
  3. ▼「ヨシモト」気質と秋元商法は親和するか?
  4. ▼「ヨシモト」と「秋元」氏の4点戦略予想?
---見出し--- 2010_04_24_[SAT]

興行師達の描いた明日は継れココにあったか?
  1. ▼オイちゃんが「ヨシモト」芸人ではなくて、
  2. ▼創業筋が主導権を持っていた十年以上前、
  3. ▼でも、会場が一番盛り上がったのは、
  4. ▼当時は、「AS」さんの金額で驚いたよりも
  5. ▼「ヨシモト」のギャラに関する考え方も、
  6. ▼「ヨシモト」への貢献の考え方も独特で
  7. ▼どれくらいの金額を平均して何年稼いでいれば、
  8. ▼後世、日本の芸能史を振り返って
  9. ▼舞台で芸人は育つ。
  10. ▼「ヨシモト」が他の芸能事務所と違い
  11. ▼「ヨシモト」がグレード制にも絶対的有利性を
  12. ▼では「ヨシモト」はどうか?
  13. ▼それが「ヨシモト芸人」だとしたら
  14. ▼講演での某役員曰く


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2011-04-27

【現代芸能】吉本興業02-07--「ヨシモト」のドン若き「破壊者」代表的MG 2011_04_27_[WED]



2011_04_27_[WED]



【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!S02



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



他の芸能考察ブログと違い

【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察する


--> シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】 の全体見出し
-->コレまでの「ヨシモト」関連エントリー

---シーズン02見出し---
◆02-01--「ヨシモト」のドンとソノ御仕事
◆02-02--「ヨシモト」のドンが興行師の理由
◆02-03--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦前」
◆02-04--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦後」
◆02-05--「ヨシモト」興行稼業とライオンの子供達
◆02-06--「ヨシモト」のドンと興行師「大崎洋」
◆02-07--「ヨシモト」のドン若き「破壊者」代表的MG
  1. ▼若き「破壊者」曰く「漫才は一切するな!」
  2. ▼若き「破壊者」引押しで勝ち取った「印税」MG
  3. ▼若き「破壊者」ベテランに潰されぬよう「隔絶」MG


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若き「破壊者」曰く「漫才は一切するな!」

「大崎」氏がマンザイブーム終りで、再び大阪に出戻りし取り掛かったMGが、 当時のNSCを出た「ノーブランド」と呼ばれた師匠を持たない若手芸人の小屋「心斎橋2丁目劇場」運営で、

キャパ100程の小屋を統括するプロデューサーとして、マネジメントを開始する。

コアなファン層を作れ

実質的に興行師として業界で勝負を始めた若き破壊者「大崎」氏は、 マンザイブームが短期間で収縮したリアルを東京の【連絡事務所】で目の当たりにして

100人というキャパもあり 長く支持を受ける「芸人」を作り出すことに焦点を当てて
2丁目劇場は、半径数メートルだけに通じる、その場にいる人間だけが共有できる新たな【笑い】を提供する。

というコンセプトを立てて無名時代から才能を買っていた「ダウンタウン」さんを中央にすえて運営を開始する。

マンザイブームの早い終焉の反省からフワッとした一般受けでなく 「コアファン」を作り出す事を徹底させるために


『ここは花月とは違うんや。この劇場では、漫才は一切するな』

と指導し。

界隈誌を読むと、この頃からそういった言動が「大崎は変わってる」と言われ始めるようだが

結局は「大崎」氏の狙いが若者にズバリと嵌り人気が出始め、劇場の番組「4時ですよ〜だ!」が火をつけて

一大ブームを生み出す。






若き「破壊者」引押しで勝ち取った「印税」MG

「印税」MGの粘り越しマネジメントは若き破壊者「大崎」氏が界隈誌で取り上げられる時に、 『全てを疑え』等と象徴的によく使われる事例で自分も幾つかの関連誌で読んだが、 知らないヒトの為に概要の一部を引用しておく。

大崎がテーブルについたときのタフネスぶりはつとに有名で、業界の伝説にすらなっている。

例えば松本が書籍を出版するときならこんな具合だ。出版社側が切り出す。

「松本さんの場合、印税は十パーセントということでよろしいですね」

通常、書籍の印税は定価の八から十パーセントの間で取り決められる。 この率を誰が決めたのかは知らないが疑義を挟む者はいない。 出版に関しては契約書を交わすこともあるし、そうでない場合もある。

大崎はいつもの、とぼけたような表情で切り返す。


「ほな、出版社は九割も儲けはるわけですね。この本、書いたんは松本やし、考えたんも松本やし、 松本の本やから売れるんですよねえ。ふう〜ん、そうですかあ。一所懸命に本を書いたもんが一割で、 あとは全部出版社の儲けになるんですか」


「誤解してもらっては困ります。九割の中には印刷費や製本代、運送費、取次や本屋さんの取り分が入っています。 それに出版した本がすべて売れるわけがないので、そのリスクも考えなきゃいけません。」


「そうですかあ。けど、唸りながらアイディア搾り出して原稿書いた松本がたったの一割とはなあ。 ホンマは出版社が、ぎようさん儲けてはるんでしよ?」


「大崎さん、冗談はやめてください。印税の割合は業界の通例です」


「なるほど、通例なんですよねえ。出版界のルールやねん。そうかあ、仕方ないですねえ」


「人気作家さんもこの決まりに従ってくださっています」


「大先生でも一割しか貰えへんのですか?」


「そ、そうですよ。まあ中には例外もいらっしゃって、ここだけの話ですけど司馬遼太郎先生なんかは特別中の特別で十二パーセントお支払いしてますけど」


「司馬先生でも通例より二パーセントアップですか。そうかあ、厳しい世界なんですねえ」


「分かっていただけましたか、大崎さん」

要領を得たのか、それとも不承不承なのか---大崎は、とりあえずは出版社の言い分を受け止める。

ただ、彼のはんなりとした語調と茫洋とでもいうべき風貌のおかげで場の雰囲気は険のあるものにはならなかった。だが翌日、大崎はしれっとした顔で再び出版社を訪れていた。


「あのう、昨日の印税のことなんですが。これ、一晩考えたんですけど、どうして苦労に苦労を重ねてオモロイことを書いた松本が一割しか貰えないのでしょうか」


結局、松本の印税は司馬遼太郎のラインを突破するという【画期的な】料率で決定した。

大崎のじんわり、やんわり、ねばっこい、それでいて場を荒立たせない交渉術は彼の真骨頂というべきものだ。

≪吉本興業の正体--増田晶文--第六章「ケッタイな会社」より一部を引用≫

「大崎」氏が自分の部下にマネージメント指導する時によく言うのが【疑え】というキーワードらしく、

この印税のマネジメントも結局は、

松本さんの書籍だから絶対に数が捌ける。 という読みがあるから押したら出版社を崩せると踏んで突っ込んでいる大崎氏の「シタタカサ」という能力が前提ですが

特に印税が10%でも全く問題がないのに

自分が目にかけている芸人の為に常識の限界を突破してくるマネジメント術で能力の高さを見せつけられて「芸人」達が「大崎」氏へ寄せる大きな信頼感であったり、 カリスマ感が熟成していったのであろうと推察ができます。






若き「破壊者」ベテランに潰されぬよう「隔絶」MG

「大崎」氏は二丁目の芸人を育成していく過程で、その言動から『アンチ吉本』『アンチ花月』という言われ方をするようになる。

それは会社の上層部が「二丁目」芸人が人気が出たら「うめだ花月」や「なんば花月」に出していく方針を取ろうとしていた時期に


『二丁目タレントは花月に出さない。』

と、宣言して

実際に若き破壊者「大崎」氏は、そのマネジメントを実行し、 本当に芸人の人気が出ても随分の間、ヨシモトの幹部とブツカリながらも二丁目の芸人を花月に出さない期間が続きます。

それまでのヨシモトでは、若手小屋からステップアップとして格の高い寄席に出していく。 というルールで運営されていた事を「大崎」氏は、否定しマネジメントを進めていき前述の『アンチ吉本』『アンチ花月』とされ、

「破壊者」

という言葉も使われ始めるキッカケともなります。

しかし、これは後に分かることなんですが何故、「大崎」氏が『アンチ吉本』『アンチ花月』と言われるようなマネジメントを上と揉めることも厭わず強行したのか?

それは
2丁目の若手は、師匠がいない「ノーブランド」芸人で花月に出ているベテランの中では良く思っていない芸人も多く、 嫌がらせ等で萎縮させてしまい彼らの才能を潰される事を恐れ自らがマネジメントで防ぐ

という仕掛けだったことが、嫌がらせで潰されないチカラを或程度付けてから花月や他の劇場にも出していき 十年以上が経過すると様々な劇場で2丁目の若手が活躍を始める事で判明する。

結局は「大崎」氏の自らが体を張って「破壊者」であったり「アンチ吉本」と言われようが「ダウンタウン」さんを中心としたNSC「ノーブランド」芸人をTV演芸でのメインストリームに運んだことで

「隔絶」マネジメントで育てた事が正解であった事を証明し、

また、それと並行して行われた

三弾ロケット型「売り」MG

これは現在のヨシモトのグループにも幹部に名を連ねている所謂、 「大崎グループ」と言われていた面々も「売り」の手法として多投していたマネジメントで

昔から「ザ・パンダ」を始めとするヨシモト特有のユニットでの売り出し手法があり、 二丁目の芸人もソレにならってダウンタウンさんを中心に数人を周りに付けて番組で売り出すのだが

「大崎」氏らは単発のユニット等でのグループ売りで終りでなく、 もっと緊密な接近方法を取り

例えば「ダウンタウン」さんに「今田耕司」さん「東野幸治」さんをユニット化して、 「今田耕司」さんが跳ねたら今田さんの周りに「雨上がり」さん等の若手の芸人を付けてというように

ユニットで人気が出るとそこから、二弾三弾と分裂させていく手法をとっていき 今までは単発で終わっていたものを「売れ」を連鎖させて

新しい若者達の「第二次お笑いブーム」以降で

吉本興業は爆進する。



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2011-04-26

【現代芸能】吉本興業02-06--「ヨシモト」のドンと興行師「大崎洋」 2011_04_26_[TUE]



2011_04_26_[TUE]



【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!S02



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



他の芸能考察ブログと違い

【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察する


--> シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】 の全体見出し
-->コレまでの「ヨシモト」関連エントリー

---シーズン02見出し---
◆02-01--「ヨシモト」のドンとソノ御仕事
◆02-02--「ヨシモト」のドンが興行師の理由
◆02-03--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦前」
◆02-04--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦後」
◆02-05--「ヨシモト」興行稼業とライオンの子供達
◆02-06--「ヨシモト」のドンと興行師「大崎洋」
  1. ▼「ヨシモト」史上、最年少幹部「大崎洋」
  2. ▼「ヨシモト」バベルの闘争碑と「大崎洋」
◆02-07--「ヨシモト」のドン若き「破壊者」代表的MG


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「ヨシモト」史上、最年少幹部「大崎洋」

「大崎洋」氏とは?

ヨシモト史的に言うと親族、 創業関係者以外で最年少幹部≪2001年≫となり、 実質的に林家への禅譲繋ぎの為の番頭を通過しないで「ヨシモト」史上、ドンにまで上り詰めた最初の「興行師」と、後の界隈誌に書かれるだろう人物だ。

また「大崎洋」氏は、界隈で

「林正之助」氏のライオンに対して、

「破壊者」という異名を持つ日本を代表する有名な興行師である。 ≪もちろん、誰一人として「林正之助」氏を目の前にして『ライオン』なんて言えないように大崎氏の前でも同様だろうが。 界隈誌では大崎氏を指す隠語として関係者から「破壊者」という言葉が出てくる。



「大崎洋」氏を考察するに当たって

東京でのディスコ関連で某社員との対立や、若き「泉正隆」班との競争など多く発生している小さな枝葉は ソレ系の界隈誌等を参照してもらうとして、

今回は「ヨシモト」の強さの一端を推察する上で若き破壊者が「ヨシモト」で行ったマネジメントの本質や、
  1. 何故、「大崎洋」氏は業界で【破壊者】という異名を持ちカリスマ的な感じになっているのか?

  2. 「大崎洋」氏がヨシモト若手社員からドンに上り詰めていく過程でドウいうマネジメントを行いライバル達に勝ってきたのか? 

  3. そして「大崎洋」氏が、まさに興行師としての命を賭けた三男「創業筋」との戦争を受けてたって、どのように勝利を得たのか?
という大きな部分だけを 既報を用いてと言っても界隈好きなヒト以外、そういう雑誌や書籍を読まないから意味不明だろうけども

考察していく。






「ヨシモト」バベルの闘争碑と「大崎洋」

現在のドン「大崎」氏が界隈から【破壊者】の異名を付けられた興行師として「ヨシモト」という巨大な【バベルの塔】の頂きに君臨するが、 御存知のとおり、他の食品業やIT業のようなユルイ環境ではなく、

これから吉本興業に就職して頂きを真剣に目指すなら

時に芸人以上に社員が業界紙を賑やかす、興行屋「ヨシモト」の墓碑には激しい闘争の歴史が刻まれる事を知り、

自分がTOPを取れる器でなくとも 若き「破壊者」のような社員を見つけ「関羽」ばりの片腕として進むにしろ

支配人から関連会社役員止まりの中間管理職コースで終りでなく 日本の芸能史を作り替えることさえ可能なチカラを持つ吉本興業の「頂き」を目指すのであれば覚悟はすべきで、リスクを見るとなかなかシビアな世界だ。


ということで、

吉本興業のTOPを目指す事のシビアなリアルを見よう。

まずは「大崎洋」氏がチカラを付けていく過程での、 頂上を目指した多くの元仲間、元ライバル「興行師」達が坂を転がり落ち、又は魔物に敗れ、道半ばで去った人達の残像を

マネジメントや差配を主としてはじまる 他の芸能プロダクションとも比べ物にならない興行屋ヨシモトという「興行師」が巣くう集合体での壮絶な内と外とのドラマ、近年「闘争」のカケラを先ずは「大崎」氏視点からザックリと追う。

「創業筋」から二度の追い落しで消えた元社長「中邨」氏、

一度目は東京ヨシモト勢との対立で敗れてヨシモトを飛び出すも大阪勢の勝利で復権に成功するが 権力闘争で「創業筋」から使途不明金で絞められて敗れ去る。

「創業筋」からパージされ消えた「大崎」氏の元上司「木村」氏、

「大崎」氏がチカラを付けてきた時期に、役員昇格が検討された会議で反対し確執を生む。

社内外で発言力を付けてきた「木村」氏は「創業筋」の長男に権力の禅譲を目指す仕掛けによって「台湾レストラン」での不祥事で追い込まれ足掻くが失敗し 社内闘争で敗れ去る。

「林裕章」氏に請われて入社した元フジTVの外様幹部「横澤」氏、

「大崎」氏は社内の主導権争いで「横澤」氏に追い落としをかけられ降格するもスグに大崎グループが巻き返し確執を起こす。

「林裕章」の死後、後ろ盾を失い2005年で吉本から敗れ去る。

ある事件の解決後に「林裕章」氏に拠って「中田カウス」氏が顧問就任するが、「大崎」氏は芸人の経営サイドへの介入を嫌い幹部で唯一反対し確執を起こす。

「林」家との戦争や「府警」との確執などもあり共同戦線を張り、のち和解する。 2007年に襲撃事件へと繋がるお家騒動絡みで「中田カウス」氏が顧問を辞退。

林家三男筋へ権力の禅譲を前提とした役員昇格を「大崎」氏が拒否したことで確執。

「大崎」氏は「創業筋」側の黒い人脈からホテルで事実上の軟禁までされ、追い落としをかけられる。 それでも拒否。

大崎グループは、この事件キッカケに一切の譲歩を止め「林」家三男筋とヨシモトの経営権を巡る全面戦争を決意する。

「大崎」氏は吉本をTOB解体、持株会社で再結合し三男「林」家の支配力を葬りさる。

2009年に「林マサ」氏の死去により界隈的には「第三次お家騒動」 を完全勝利で終結させ「大崎」氏が名実ともの代表執行となる。

もちろん、この墓碑に刻まれたリアルは公になっている大きな幹であり、枝葉を合わせると自分の芸人を売り、 興行師として名を挙げ吉本バベルへ登らんとする凄まじい闘争が社員間で今日も繰り広げられているハズだ。

華やかなオモテの芸能という業界の【裏】で繰り広げられ、界隈でしか見えてこないドテラからスーツに衣替えした現代の芸人回し「興行師」達の死闘

当然、多少の運も必要だろうが「破壊者」大崎氏は、ダウンタウンさんを中心とした2丁目タレントを中心とした「売り」の業績という 表でよく書かれる部分だけでなく

若き破壊者「大崎」氏であった時代のライバルや、「この指止まれ!」に従わない敵ともガチンコで戦う、という笑顔に隠された武闘派の一面であったり、

週刊誌で書かれた「林裕章」氏の問題の交渉など

「大崎」氏は若いころから、 いわゆるヨシモトでの汚れ仕事の「ツブシ」でも度々名前が出てくる≪界隈誌に書かれているだけだから確認はできないだろうけども≫ 追撃者としての修羅場も経験している興行師でもあり、表も裏も経験し、己の才覚で魑魅魍魎のバベルを勝ち上がってきたのだ。

考察シリーズ【ヨシモト芸人を作ろう!】 のシーズン02のテーマソングは勿論コレ


ヨシモトの「興行師」という漢≪おとこ≫達の闘争碑を少々Vシネマ調で覗いていこう。



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2011-04-25

【現代芸能】吉本興業02-05--「ヨシモト」興行稼業とライオンの子供達 2011_04_25_[MON]



2011_04_25_[MON]



【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!S02



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



他の芸能考察ブログと違い

【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察する


--> シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】 の全体見出し
-->コレまでの「ヨシモト」関連エントリー

---シーズン02見出し---
◆02-01--「ヨシモト」のドンとソノ御仕事
◆02-02--「ヨシモト」のドンが興行師の理由
◆02-03--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦前」
◆02-04--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦後」
◆02-05--「ヨシモト」興行稼業とライオンの子供達
  1. ▼「興行屋」血みどろ地上戦の勝利と敗退
  2. ▼「興行屋」色モノの常打ちという稼業
◆02-06--「ヨシモト」のドンと興行師「大崎洋」
◆02-07--「ヨシモト」のドン若き「破壊者」代表的MG


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「興行屋」血みどろ地上戦の勝利と敗退

昔からソノ時代のヨシモトの幹部が語るインタビューを読んだことがある人ならわかだろうが

パターンとして、娯楽があふれる時代での【常打ち小屋】運営の厳しさをワライを入れながら語るのだが 様々な界隈系書籍を読み込んでいくと

界隈的には「TV演芸」差配の【空爆】に対して、

寄席運営を【地上戦】等と表現したりするように

自他共に認める寄席興行のプロ中のプロ集団である「ヨシモト」でさえ、寄席運営「地上戦」に関しては100年間も一進一退の攻防を繰り広げている。

特に多くのレジャーがライバルとなった戦後は「ヨシモト」でさえ、 売上減の攻撃にさらされて寄席を守りきれずに多くの基地を潰している事が言うに及ばず現実の厳しさを物語っている。

唯一の安定運行と言われている あのNGKでさえ当時のグランドオープン初期では、2000万の赤を出して、 当時の「ヨシモト」幹部達がライオン興行師こと「林正之助」氏に興行師特有のドギツイ「ジョーク」でドヤされながら必死で香盤やシステムの練り直しで黒字化していくエピソードは有名だ。

一昔まえのヨシモトの興行師達、つまり「ヨシモト」幹部達と「林正之助」氏との内輪やり取り記事なんかを読むと、 失敗時に『ころすぞぉ』とかっていう言葉が、 一般企業での「ダメだろう!」ぐらいのニュアンスで使用されていたりしており、

それに答える興行師である当時の幹部も、芸人と同じく上下秩序が「ヨシモト」は社員間でも厳しいから絶対にTOPへ反論はしないまでも 「ドン」にジョークで返すなど豪傑というか肝が座っており 線の細いヒトは「ヨシモト」では幹部までは残れないのだろうなぁ。という事が遣り取りでよくわかる。

例えば、戦後の「うめだ花月」開場に関する当時の貴重な「ヨシモト」幹部とライオン興行師との遣り取り記事はこうだ。 ≪文字の色と顔のアイコンは、原文にはありません。

時は、「なんば花月劇場」開場の4年前、昭和34年≪1959≫

『アメリカに負けての泥沼時代、映画で"花のれん"を死守してきたんだ。吉本がいくら演芸の老舗やからといって、もし失敗したらどうするんだ!』

進言者に吠えた。しかし、腹の中では開場したくてしたくてウズウズしていたにちがいない。

「失敗したその時は腹を切ります」

進言者の事業部次長「八田竹男」は豪語した。

『解った、成功を条件に承知しよう。その代わり失敗したら責任者全員、市中引き回しの上、打首獄門やぞ!!』

って時代劇じゃがな。

かくて「八田」は、うめだ花月劇場を強引に開場させた。その柿落としの昭和34年3月1日、1回目の入場者17人には一同愕然とした。

正之助、血相変えて楽屋へ怒鳴り込んだ。

『貴様ら、吉本をつぶす気か!!全員ただちにギロチンにかけて千日前(江戸時代から明治4年まで刑場であった)で晒し首だ!』

打ち首獄門がギロチンに変わった。

当時、関西では飛ぶ鳥落とす人気者の大村崑、芦屋雁之助、小雁、吉本のドル箱スター花菱アチャコといった錚々たるメンバーを配したにもかかわらず大敗した。

ところが、僅かその三ヶ月ばかり後、TV中継(毎日放送の毎週番組)が功を奏したか次第に入場者が増加し始めた。 これにより1年後の35年正月2日、600しかないキャパに三回公演で3500人を収容した。

無茶である。これが吉本だと思い知らされた。

『どや!さすがに吉本やろ。これが演芸に強い老舗の力や!』

と胸を張ったのは、「正之助」その人であった。勝手モン!。

こうして"恐るべし吉本"を世間に見せつけたのである。

以来演芸経営は順風満帆。37年6月に「京都花月劇場」を、38年7月に「なんば花月劇場」を開場したのだった。

≪暗い街角:吉本勝彦:「吉本勝彦と吉本興業」より引用≫
ライオン興行師「林正之助」氏の数々の言動などは多くの関連界隈誌にあり、どれもがメチャクチャ面白くて

まぁ、時は移ろい「うめだ花月」も「京都花月」も娯楽の多様化という敵に飲まれてアノ吉本という興行界での百戦錬磨のプロ達でさえ城を守りきれず撃沈されていく。

これが「ヨシモト」幹部達がTV差配の『空爆』に対して皮肉を込めて『地上戦』と呼ぶ常打ち小屋運営のリアル。


もちろん、ライオン興行師の下で働いたヒトリである現在のドン「大崎」氏も、若手小屋での常打ち興行で血みどろの勝利と敗退を前線で指揮した戦歴を持つ興行師だ。

そして現代においてもツイッターで「ルミネ支配人」などのヨシモト興行師達が、 自分達の小屋を守るため日々チケット販売情報を夜中過ぎても呟き続ける必死な一進一退のサマ。

戦後の数年間を除く殆どを寄席運営という過酷な「地上戦」で100年も戦い続ける「興行屋」のリアル。






「興行屋」色モノの常打ちという稼業

界隈書籍を読んだことが無い人には意味がわからないだろうが、【寄席興行】と一口で言っても様々なレベルや難易度があって「ヨシモト」が行なっているのは

色物メインの常打ち

と呼ばれていて

それも無限大やルミネなどに関しては「若手」主体色物メインの常打ち という更に難易度が高いと言われる運営になる、

つい最近も色モノで回している浅草東洋館が

常打ちでは無い月1で行われていた若手色メインの【雷ライブ】興行でも恐らくネジの巻きなおしで1度終了させて、 リニューアルで立て直しを行うようだが

界隈書などによると、

落語などの古典演芸でなくこのような『色モノ』と呼ばれる「漫才」や「コント」等の演芸を メインにした寄席興行を長期的に行うのは業界では、固定客が付きにくく難しいと言われていて、

つまり、『色モノ』で常打ちすると芸人の鮮度が重要で廃りが早く、小屋を運営するには『収益が安定化しにくい』らしい。

それも「吉本興業」のルミネや無限大などのように

事業として都会で地代を払いながら「若手」メインで「常打ち」と呼ばる毎日小屋を開け、 しかも1日で複数回転させ、月の上中下席の全部をソレで回すというのは

芸人を抱えているとは言え素人が考える以上に 界隈的にもホボ曲芸に近いパドリングのようだ。

だから「吉本興業」以外の同業他社は、月一度ぐらいの事務所ライブしか『しないではなく、色の常打ち運営が出来ない』というのが正しい表現のようだ。

直接、客から数千円の木戸銭をいただき成り立つ「常設の小屋打ち」というのは、一般のヒトが想像する以上に様々なノウハウとコストが必要で、 歴代の「ヨシモト」TOPもNGK以外は嘆く一進一退で血みどろの闘いをしている。

自他共に認める色での常打ち興行のプロ中のプロであるヨシモトでさえ 戦後も多くの小屋が採算割れに耐えられず倒れている事がシビアなリアルを示している。

ヨシモトの幹部は、この「地上戦」は芸人の足腰を鍛えヨシモトの強さの源泉になっている言わば勝つ芸人育成の【R&D】≪研究開発費≫と 位置づけられていて厳しい戦いだが工夫しながら続けていかなければいけない。

と答えている事が多いが

実は、この「地上戦」は芸人の足腰を鍛えているだけではなく興行屋の社員としてのヨシモトの興行師も鍛える事になっていて、 こうやって多くの「芸能プロ」社員と違い「ヨシモト」の社員だけが、「常設小屋打ち」という厳しい「地上戦」もマネジメント側からリアルな数字の実戦で体験でき、

「香盤」等の「顔付け」から始まる興行段取りだけでなく、出入り業者からスタッフ「座付き作家」や「支配人」まで小屋構造の関連性、 日本の寄席特有の「楽屋」シキタリ等、「ヨシモト」の幹部、そしてTOPになるためには必須となるプロ「興行師」としての管理スキルをつけていけるのだ。

当然、多くの「芸能プロ」の幹部は「興行師」でないからコノ血みどろの地上戦を経験しない。

そして、この「興行師」というスキルは5年や10年ぐらいでは身につかないと言われていて、 机上でなく現場で「大崎」氏のように失敗もしながらライバル達と競争し20年以上とかいう単位で鍛えられて「顔」も覚えられ一人前になっていく。 というのだから気が遠くなるほど大変な商売だ。

ライオン興行師「林正之助」氏も、破壊者「大崎洋」氏も小屋での陣頭指揮を取っていた事は有名だが


界隈誌等に拠れば「大崎」氏も、地上戦では有名な若手小屋の成功という華麗な管理戦歴と共に辛酸も嘗めている。

そして「大崎」氏が幹部からTOPへ上り詰める過程でチカラの源泉を考察すると、2丁目を中心とする「地上戦」での勝ちも負けも経験があるから、 社内的にも対芸人に対しても共通認識な信頼感や精神的なオサエが効いていると推察できる。

また、「大崎」氏は、まだ東京に足場が無い時期に壮絶な地上戦を 経験している事を「芸人」も「社員」も知っているので「現場の苦しさを知らないくせに!」とか上に言えないのだ。

つまり現在のドンである「大崎」氏は「地上戦」を前線で指揮した体験しているから若手にもベテランにも『いや、お前より大変さは知っている』と言えてしまえる 構造だと推察できる。

「大崎」氏のチカラの源泉となる若手小屋の「ダウンタウン」さんを中心とする若手芸人や、ヨシモトの部下への指揮指導でのマネジメントが後に異名となる 【破壊者】という言葉を生む事になるのだが、それは別エントリーで。



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2011-04-24

【現代芸能】吉本興業02-04--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦後」 2011_04_24_[SUN]



2011_04_24_[SUN]



【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!S02



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



他の芸能考察ブログと違い

【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察する


--> シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】 の全体見出し
-->コレまでの「ヨシモト」関連エントリー

---シーズン02見出し---
◆02-01--「ヨシモト」のドンとソノ御仕事
◆02-02--「ヨシモト」のドンが興行師の理由
◆02-03--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦前」
◆02-04--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦後」
  1. ▼「企業防衛」交渉という追撃
  2. ▼「企業防衛」戦後の交渉型3例
◆02-05--「ヨシモト」興行稼業とライオンの子供達
◆02-06--「ヨシモト」のドンと興行師「大崎洋」
◆02-07--「ヨシモト」のドン若き「破壊者」代表的MG


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「企業防衛」交渉という追撃

この100年【ヨシモト】に立ち向かい、揉めた時点よりも大成した【芸人】は戦前から現在までタダの1人も存在しない。

もちろん財津一郎さんだとか、円満な移籍は沢山いるが ヨシモトと揉める。つまり興行屋的な言い方では、『ヨシモトの【顔】に泥を塗り喧嘩を売る。』というパターンで芸人の勝者は、まだヒトリも出ていない。

そして、芸人だけでなく、

対企業も100年間で「この指とまれ!」と言うことを聞かない興行屋などとも戦前から揉めているが最終的にヨシモトは現在まで負けを喰らっていない。

勘違いされる方がいるかも知れないので書いておくと

個人的には意外なのなのだけどヨシモトから移籍した芸人を調べていくと、 大半は形式上の円満退社だった。変わったところでは逃亡などもあるが。

リアルは肩透かしだ。

戦後になって、

明らかにヨシモトの興行師達に「ツブシ」を入れられ追撃されているような芸人は極々一部。 共通するのが舞台を飛ばしたり、金で揉めたりヨシモトに楯突いて「顔」に泥を塗るカタチで辞めた場合。

移籍先で押しが入らないので人気が下降することもあるが、それはまた別の話で。

今後、 ヨシモトの「顔」に泥を塗って辞めてやろう。というヨシモト芸人さんが出現するかはわかりませんが

取り敢えず、 ヨシモトは100年も歴史もあるので関連書籍も探せば見つかりますから、そういう挑戦をしようと考えている「芸人」さんは、 その後の「芸人」がどうなったかを調べてからの方が利口だと思います。

また界隈誌などを読むと


今の「大崎」氏も企業防衛として某芸人への東京での追撃や、幹部に向けられた問題処理等々、 いろいろな案件の「ツブシ」など汚れ仕事もしながら社内でチカラを付けていったと言われている表も裏も知る「興行師」なわけで

しかも、上場会社の大幹部時代に創業三男筋から実質的なホテル軟禁されて闇の勢力から人事を強要されるとか、いつの時代? というVシネマのような前近代的な修羅場もくぐって来ていると言われていて

戦前のように肉体言語でという手段は表向き無くなり切った張ったの世界では無くなったにしろ、言葉での「交渉」という手段での様々な案件「ツブシ」の処理能力は、

特にヨシモトのような興行屋で幹部を目指し、上り詰めてやろうという現代の「興行師」には、興行打ちスキルや芸人のマネジメントと同様に必要と推察できるわけで、

興行屋ヨシモトでTOPになるということは、食品加工会社でTOPになる資質とは全く違うことが考察できます。






「企業防衛」戦後の交渉型3例

吉本興業に関しては調べたらわかるが現実として、

引き抜きを含めた複数の有名な漫才師達やら新鋭の新喜劇団員でのヨシモト集団離脱も全てが、 「企業防衛」という名のもとで興行師たちの関係者への「交渉」という追撃やツブシによりヨシモトへの挑戦は芸人側が全敗しており、

ほんの一部を除き全部が芸人を廃業か、 芸人として悲惨な終焉をむかえている。

(01)「吉本新喜劇の集団離脱」案件

舞台に穴を明けて集団で離脱などヨシモトの【顔】に強烈な泥を被せたが長期で「追撃」を受けて、芸人側の当初の目論みは完全に失敗する。


しかも、関係者や後日談を綴った書籍を読むと、『掟』を破ったものだけでなく、 ソレを知っていて知らせず止めなかったモノが実質「首」になったり、見せしめなのか長期間の押しが入らない、仕事を入れない「飼い殺し」状態にされるなど

詳しくは書かないが、

そういう暗黙の構造を知っている「芸人」さんが、弟子を助ける為にワザと殴って破門を言い渡したり等『能』の「安宅」さながらの弁慶を見せたりとかドラマもあったり。

ヨシモトの【顔】に泥を塗った芸人の弟子や親類を含めたモノも「裏切り者」の近親者として苦労もする。 ≪特にNSC以前は芸人の関係者が芸人に成ることが多かった為≫というオマケ付きだ。

(02)「人気漫才師の離脱」案件

以前のエントリーでも書いたが 「ヨシモト」の「不義理」芸人に対する処置を他と比べて考察していて一番の違いは、

「ヨシモト」のツブシ概念には【禊】期間が存在しない。

と言うことだ。


他の類似例の場合だとジャニーズから某大手プロへなどが一定期間の【禊】を経て契約し再び脚光を浴びる。

と言うことが「一定の人気がある芸能人」であれば実例として存在し可能のようだが

「ヨシモト」は顔を汚した「不義理」芸人には通常はヨシモトが許すか芸人を廃業するまで、

その戒めを解かれるパターンが殆ど無い。

当時、人気のあった漫才師が今のようなヨシモトの関東での支配力が無かった事から、 「東京ならヨシモトに勝てる!」と見込んで舞台に穴を空けて、捨て台詞と共に逃げたが

後日談などが書かれた界隈書を読むと【顔】を汚された 「ヨシモト」興行師の追撃隊は、東京まで遠征し彼らを匿った事務所ごと内側から外側から長期で圧を掛け続けたようだ。

芸人側が完全なる敗北で、仕事は干上がり、少し精神的にもおかしくなり、それを見かねた昔の友人「芸人」仲間の仲介でヨシモトに「ワビ」を入れる事で追撃を解かれ

その後、「ヨシモト」で1年間無給で働く事を条件等で復帰して現在は関西で以前のように活躍されている。

(03)「権利配分を巡る離脱」案件

経緯などを関連誌で読むと、芸人が書いた自作小説の映像版権での取り分を巡る喧嘩別れで


「自作小説」での権利関係配分、分配率で揉め退社、 権利保持をしたまま関西から九州へ離脱という構図だったようだ。

ただ、某週刊誌などによると契約終了まで仕事をこなし≪カナリ揉めたようだが≫ 『吉本新喜劇の集団離脱』案件のように仕事を飛ばすなどの不義理はしていない。 ので表立ったツブシも行われていないようだが、

吉本興業としては一度裏切って人気から落ちてから所属を許した二度目の復帰という背景がありマネジメント上層部と シコリをかなり残したらしい。

関連した記事などを読むと、かなり「ヨシモト」側も昔のような頭ごなしでなく芸人側へ丁寧に説得していたようだ。それも不当に低い配分率でもなく。

実際に「芸人」側が主張しする『手売り等の自分だけの努力で人気が出た!』と分配を渋った部分も

普通には 「ヨシモト」マネジメント側の
  1. 大きく話題になったり、メディアで取り上げられるのも彼が「吉本芸人」だからであり、

  2. 特に「自作小説」をドラマなど映像権の処理を行い「銭」する。という過程などは素人ができるわけはなく、 放送局との各種折衝から「ヨシモト」の社員が動いているから「自作小説」が権利化できコンテンツとして「銭」になっているわけで。

  3. なおかつ ヨシモトに集まってきた客をターゲットにして売っていたわけだから、「ヨシモト」の劇場の客があっての事であったり等々、
という主張が「分」があるように見える。

が、どちらにしろ芸人側は「ヨシモト」側の主張を認めず配分率等「銭」で揉めて飛び出す事となる。

そしてどうなった?


これは、いつも事だが、

頻繁にTV演芸に出ていた「芸人」が ヨシモトのお膝元である関西圏の放送媒体では一切見ることがなくなり、

TV出演は東京制作で、年に数度ほどになったことが オフィシャルサイトのTV出演情報を見ると確認できる。

しかも

また、あれだけ「がばい、がばい」と言っていた言葉も全く聞かれなくなり、 ヨシモトの社員が動いて芸人の『自作小説』をコンテンツとして「銭」に変えたという「ヨシモト」側の主張が正しかったことを現実が証明する事になる。

もっと顕著にわかるのが、

ヨシモト所属時には-->

アマゾンで100以上の高評価レビューが付いた原作、 ドラマでは20%を超える程の高視聴率を稼いだドル箱に見えた「がばいシリーズ」だが

金のなる木と踏んで、芸人が映像を含めた権利を「ヨシモト」に渡さずヒトリでガメろうと分配で揉めて
「ヨシモト」を離脱したあと-->

取り上げる媒体が激減したので、一攫千金を狙った「がばい」映画も当然、 興行成績は予想を下回り

リリース半年間経とうが DVDの販売も、ほとんど伸びない。 ≪レビューは0件≫

映像版権コンテンツとしての「がばい」は、 ヨシモトの契約と共に終わってしまう。

これがリアルだ。



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2011-04-23

【現代芸能】吉本興業02-03--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦前」 2011_04_23_[SAT]



2011_04_23_[SAT]



【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!S02



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◆02-01--「ヨシモト」のドンとソノ御仕事
◆02-02--「ヨシモト」のドンが興行師の理由
◆02-03--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦前」
  1. ▼「企業防衛」興行師達の追撃
  2. ▼「企業防衛」戦前の肉体言語型3例
◆02-04--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦後」
◆02-05--「ヨシモト」興行稼業とライオンの子供達
◆02-06--「ヨシモト」のドンと興行師「大崎洋」
◆02-07--「ヨシモト」のドン若き「破壊者」代表的MG


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「企業防衛」興行師達の追撃

何故、戦前に多くの芸人が「吉本」に入りたがったか?

とうぜん、表向きは西日本を中心として沢山の演芸場を所持していた等はあったが、界隈書をじっくりと読んでいると 違う一面もハッキリと見えてくる。

現在のようにライブ等と言うような「興行」という事が簡単に行えない時代は、営業を行うにしても文字通り【ショバ代】として その土地、土地ごとにいる「地回り」≪いわゆる香具師や興行ヤクザ≫に、金銭を含めた対価を支払ったり していたようで、

昔の旅芸人や歌手などの書籍を読むと今は格闘系以外ではあまり聞かない状況が存在していたようです。

特に、地方ではその傾向が強くて、個人でやっているような小さな演芸団体だと≪旅芸人も含む≫ 不当な対価であったり、宴席への出席を強要されたり、最悪は金を奪われる支払い拒否や殴られたり等々の日常が待っていたようで

つまり、今以上に「吉本」の芸人です。

という言葉が自分の身を守る「お守り」として役にたった時代で、 狭い閉じた興行界という世界では誰がケツ持ちだとかは公然となっていた時代だったから、

「吉本」の芸人に金を払わなかったり殴ったりしたら 「広沢虎造」案件のように、あとで吉本の意を受けた「追撃者」がツブシにくるという心理的な牽制として

また興行を受ける方も、「吉本」の芸人が舞台を疎かにしたりカマしたりした時には「吉本」に苦情を入れ保証を求めることも出来て。 「吉本」は信用も含めた【顔】で商売をする興行屋だからソレが真実ならバックレができない。

という相互メリットもあり、

割≪ギャランティ≫が少々悪くても総合的に見て「吉本」芸人になりたがった時期があったようです。

また現在にあっても

ヨシモトの見えない財産で一番大きいのが、コノ100年間で築いてきた『吉本さんが言うんだったら良いでしょう』という 資本力以上にデカイ【顔】のチカラ。

である事は現実が示していて

ようするにヨシモト主催の『演芸大会』にしろ顔が効かない企業が、資本力があるからといって興行を適正な費用で打てるか? は、海外では【顔】が効かないヨシモトが国内のように興行をスムーズに打てるか?

を考えれば答えば簡単で「吉本興業」が資本力以上に国内の業界でチカラを持つ源泉です。

そういうDNAを引き継いでいるから、 吉本興業は【顔】を汚される事に関しては他の同業とされる芸能プロ≪実は、根本が違うんだけも≫よりも 激しく抵抗する傾向が企業史にあり、
  1. 戦前は、【肉体言語】での追撃。

  2. 戦後、「政治」によって肉体言語が否定されてからは支配力を背景とした【交渉】での締め上げという追撃。

  3. 東京での支配率が高まってきた現在では、【無言の圧力】という追撃。
と、変遷してきていますが、

手段が変化しているだけで興行屋が「企業防衛」としての追撃する理由の本質は変わっていません。

ヨシモトを考察していて言えることは、他の企業だと怒られそうな会社や上に対して「シブチン」だとか「エゲツナイ」という事はヨシモトの幹部も笑いに参加しますが、

あまり知られていないが、逆に松竹は会社や上に対しての悪口に取られる笑いは通じない傾向が強い会社。とされている

一方、筋を通してキッチリ「ワビ」を入れないだとか「シキタリ」「オキテ」を破る。などヨシモトの【顔】を汚される部分に関しては、ソコまで怒る?という全くジョークが通じない社風で

芸人や関係者が興行屋の命である【顔】を汚すような行為後のデメリットはデカイという事です。



「企業防衛」戦前の肉体言語型3例

戦前では、

(01)「広沢虎造」案件

ヨシモトの対芸人での企業防衛で有名なのが


前回に経緯を書いた 映画の出演を阻止させる為、二代目「山口登」を使っての「企業防衛」というツブシを行った「広沢虎造」案件、 これは死人が出たことと有名な浪曲師だったことで表沙汰になるが、

相手は「ヨシモト」を試したのだ。

当時、広沢虎造と独占契約をしている「ヨシモト」が東宝と繋がっているのは誰もが知っている事で、ライバルの日活に出すという事の意味はそういう事だ。

当時人気があった浪曲師【広沢虎造】は、浪花家金蔵という興行師がマネジメントしていて、 その金蔵がヨシモトと「興行と映画」に関して独占契約していたのにも関わらず 【広沢虎造】が保良浅之助≪下関が本拠地で政友会の代議士もしていた籠寅組の初代組長≫から 強引に日活映画の契約をされてしまう。

だが、その挑戦に「ヨシモト」は受けてたった。

あの時点で「ヨシモト」が籠寅組を恐れて引いたらそこで『顔』で商売する興行という世界でヨシモトの終りを意味したし、 その後の全国制覇への躍進も無かったはずだ。

つまり業界において「ヨシモトに不義理やったらヤラレル」という強みを作る事に成功する。

当然、武闘派のヤクザ相手でも「不義理」には一歩も引かない 「ヨシモト」が芸人に対して1ミリたりとも引くわけはなく、 その姿勢が支配下の【芸人】に対しても無言の圧となり、

興行屋として『芸人回し』が可能となっていく。

界隈誌を読むと芸人とのイザコザや、ヤクザ絡みの小競り合いなんかも戦前は頻繁に起こっていたようで、 脅しや肉体言語で「企業防衛」は極々普通に使われていたようだ。

(02)「桂春団治」案件

これも有名な、ヨシモトの対芸人での企業防衛


当時のJOBK≪NHKラジオ大阪≫に春団治をラジオに出さないようにする為に、ラジオ局周辺で見つけ次第、監禁する作戦を立てて実行するもウラを書かれて失敗し、

流石にヨシモトでも大看板の芸人に肉体言語でというわけには行かず、 売られた喧嘩の報復で借金をカタに家財道具の差し押さえや、 全劇場の「出禁」で締め上げを行う。

差押えは何とかなってもヨシモトからの「出禁」は、今と違い当時の芸人へは相当のキツサだったようで

2代目『林家染丸』師≪『林家染丸』は上方林家の止め名で、ヨシモトといえば「染丸」という大看板≫が、 ヨシモトに頭を下げ『桂春団治』がワビを入れ、染丸師の「顔」を立てる事で解除される。

似たパターンといえば、

先日、22年前に【闇営業】が見つかった時にワビを入れず飛び出した上方落語の「桂文福」師匠が、

兄弟子で、一門の総領弟子「桂三枝」師匠の計らいからヨシモトにワビを入れて、弟子と共に22年ぶりに復帰された。 三枝師匠が新劇場が完成する数年後には上方落語を象徴する大名跡「文枝」を継がれるであろうから

「桂きん枝」師匠も復帰されたし、

これで 一門全員がヨシモトの行事に出られる体制に成ったので襲名にも弾みが付きプラスだ。

どう考えるかは個人の自由だが、それまでTV演芸でよく見ていた人気者の落語家が一瞬で『22年間』もマス媒体から消えたのだ。コレがリアル。

(03)「松竹へ怒鳴りこみ」案件

戦前では、ヨシモトの対企業での防衛で有名なのが

ライオン興行師こと「林正之助」氏の松竹事務所への怒鳴りこみ事件で、「今後、引き抜きを行わない」という証文を松竹に書かすのだが

そもそも松竹は当時、歌舞伎や新劇など「芝居興行」がメインの日本最大の興行会社で、

小屋打ち「演芸興行」の吉本は資本力以上に、松竹より「格」が下に見られていた。

そして、格下のヨシモトが松竹に引き抜きを阻止させる「企業防衛」として選んだ方法が事務所への「かちこみ」、

松竹へ怒鳴りこんだ若きライオン興行師は28歳で、怒鳴りこまれたのは 既に業界で知らぬヒトが居ないほど名が売れていた【白井松次郎】氏、50歳

対峙して言い放ったヨシモト「企業防衛」の言葉が


萬歳が当たっと思うたら、すぐ裏へ回って芸人の引き抜きにかかるとは、何事や。大松竹のすることか!

俺が飯を喰えんようになったら、お前の【命】を取るが、それでもええんか!!

≪吉本八十年の歩み:正之助より≫
その後も松竹は、したたかで証文があるので直接の引き抜きを行わずに子会社を使って引き抜きを行うなどヨシモトにチョッカイを出し、 もちろんヨシモトが黙っているわけもなく売られた喧嘩は買うDNAだから

松竹との引きぬき案件では当時のケツ持ちヤクザが肉体言語を使った抗争に発展しそうになって大阪府警が間に入る、等のVシネマみたいなリアルもあり

今では1発退場させられそうな肉体言語企業防衛は、

【政治】が頂上作戦も絡み業界のヤクザ追放を掲げるまで社会的な許容と共に半ば公然と続く。



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2011-04-22

【現代芸能】吉本興業02-02--「ヨシモト」のドンが興行師の理由 2011_04_22_[FRI]



2011_04_22_[FRI]



【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!S02



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◆02-01--「ヨシモト」のドンとソノ御仕事
◆02-02--「ヨシモト」のドンが興行師の理由
  1. ▼「興行師」の理由01「運営管理」?
  2. ▼「興行師」の理由02「生存管理」?
◆02-03--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦前」
◆02-04--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦後」
◆02-05--「ヨシモト」興行稼業とライオンの子供達
◆02-06--「ヨシモト」のドンと興行師「大崎洋」
◆02-07--「ヨシモト」のドン若き「破壊者」代表的MG


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ドンが「興行師」の理由01「運営管理」?

「大崎洋」氏、紹介文での肩書きが今風の「イベントプロデューサー」等になっていたりするが、

興行を企画指揮し打ってきたヒト、つまり「興行師」だ。


当たり前といえば当たり前なのだろうが、 基本的に興行会社であるヨシモトのTOPには「興行師」でないと就けないし、

現在まで吉本興業では禅譲ありきでも全て現場での興行打ちの管理経験者しかTOPに就いていないし、

今も昔も外様以外の執行幹部は殆どが「興行師」のようだ。 ≪芸人MGと、地上戦などと呼ぶ劇場等の小屋打ち経験者

コレを考察すると理由は大きく【2つ】あり、

第一に【運営管理】上の問題

要するに興行師でないと

全体を見て「回せない」という事。

表面上では、総務であったり「経理畑」のヨシモト社員でもTOPに就くことは可能なのだろうが、

興行は一般的な他業種と違い、扱う商品が支配下1000人程の「癖の強い芸人」であったり、

また「ヨシモト」の場合は、そういった芸人だけではなく、

雑誌にもよく書かれているが、他社との比較で「ヨシモト」強さの一因とされる 【闘争心】を裏社是とする「癖が強いと言われる社員」達が社内で、 「自分の担当芸人を売って界隈で一旗挙げてやる!」と、ひしめき合っているわけで

これら「癖の強い社員」の首領でもあるわけです。

もちろん、30年ほど前の若き破壊者「大崎」氏も、その「癖の強い」ヒトリだったわけですが。


そういう環境で、

果たして「経理畑」出身者が それらを含めた興行屋「ヨシモト」という大帝国を統率できるのか?

という事で

「現場」からすれば地上戦を経験していない経理などスタッフサイドの社員が「ヨシモト」のTOPに就き、 机上の論理を振りかざして「癖の強い社員」と衝突し、

機を見るに敏な「芸人」達には舐められ、上からの押さえが効かなくなると、100年もの間を「色芸人」盛者の帝国「ヨシモト」であっても一瞬で瓦解し、

考察する分にはオモロだけども。

最悪は「草刈場」となるが必然なわけで。 資本の組み換えが終った今日では、吉本ぐらいにデカイ図体だと利害関係者がTOPに未経験者は当然認めないだろうが、 実績や経験が浅く興行で重要な業界での「顔」が効きにくい者が指揮を取ることも許さないだろうと推察するのは容易だ。

言葉に語弊があるかも知れないが、【猿】が言うことを聞かないときには有能な「猿回し」は【猿】の背中を道具でなく自分の歯で血が出るぐらいに強く噛み、 痛さで「上下関係」を躾けることがあるらしいのだが、

同じように有能な「興行師」が持つ業界での【業績】やイザとなったら守ってくれるという【信頼感】と共に、 言うことを聞かず逆らったら【猿】の背中に噛み付き痛さを与えるボスの【怖さ】という重しがあり初めて統制が取れるのであって

つまり、ヨシモトは規模や会社の体質的にTOPが『興行師』でないと運営管理ができないのだ。

逆に、もしもヨシモトのTOPに社内政治で「興行師」が就かず、運営が始まった時期がヨシモトというDNAが死ぬ瞬間であり【盛者必衰】同業他社の最大チャンスとなる。

ただ、御存知のとおり、今は100%無理。

ヨシモトでは、ベテランも若手も言葉には出さないが「大崎」氏が、凄まじい社内闘争を勝ち上がってきた業界の表も裏も知り尽くしている ヤルときはやる武闘派の「興行師」だと知っているハズで重しがズシリと効いているのだ。

界隈誌を読まない殆どのヒトは知らないだろうが、 「興行師」が一人前になるのは他の業種よりも時間が掛かり、 日本の有名な「興行師」を調べていくと他の業種だと嘘みたいなハナシだが「60」歳はコレからという年齢だったりする。






ドンが「興行師」の理由02「生存管理」?

第ニに【生存管理】上の問題と推察され。

要するに興行師でないと

時代に合わせて「回せない」という事。

多くの同種業界の他社が時代に飲み込まれて滅びゆく中にあって何故「ヨシモト」が、100年もこの激しい世界で生き残ってきたのかを考察するにおいて

大きな必須要件が、

「ヨシモト」のDNAが興行ありきの会社である。

という事のようで。

実は「ヨシモト」を他の芸能プロと同じように考えると理解できなかったりすのだが、局への差配も興行業務の一部であり、現在はこのセクションが儲かっているから比重がデカイと 考えれば全てのパズルのピースが嵌りだすのだ。

その証明は「ヨシモト」の歴史が全てを物語っていて、戦前は「野球」のスポーツ興行や戦後は「プロレス」「映画」や「ボーリング」等のレジャー系の運営興行など


大阪府から褒章も受けた伝説の女興行師「吉本せい」と社内チーム


「ヨシモト」とは、

沖縄映画祭を絡めての『映画興行』に、ライブスタンドという数万人を動員する『イベント興行』、 もちろん数個の劇場で色メインの常設打ち『寄席興行』、 吉本新喜劇などTVパーケージ方式にもできるものから若手の演劇まで扱う『芝居興行』等々を挙げるまでもなく

構造的に他の「芸能プロ」のような「タレント差配」専業ではなく、もちろん「寄席の席亭」専業でもなく

何故、多くの死にゆく演芸会社と違い戦後にも「ヨシモト」は生き延びたのか?

の答え。

吉本興業は「打ちモノ」を選ばない「興行屋」だから戦前、メインで行なっていた寄席興行が戦後に壊滅的になっても時代に合わせ「変体」し生き延びたのだ。

ようするに「小屋打ち」も「タレント差配」も単なる興行打ちで得意分野に入る1つの手段でメインになっているだけで、 甘味処「はなのれん」にしろ、戦後の「キャバレー」にしろ「ボーリング」でも吉本興業にとって【興行】が打てて、儲かれば極端なハナシ「打ちモノ」は何でも良いのだ。

嘘っぽいが、 「ヨシモト」という【顔】が重要でありソレを使って≪興行は顔が大切。≫ 「芸人回し」を「曲芸人回し」に変えて ピエロばっかりが出てくる「花月サーカス小屋」を打つ事すら厭わないであろう「興行師」達がいる企業なのだ。

ヨシモトのパターンなら本当にサーカスが流行れば芸人に赤鼻つけさせてヤルと思う。

「カウス師」が関連誌のインタビューで答えていたように 「ヨシモト」はその時代の儲かりそうな分野にスグ「興行」を打ち続けるから、 失敗もあるだろうが≪※漫画誌や夕刊紙に初期のネット配信事業や海外の音楽版権事業等々、豪快な三振は数知れず。

逆に、形態や出し物は時代に変化しても「ヨシモト」のTOPが、「興行師」という変幻自在のバッターだから他はバタバタ倒れても100年に渡りズート生き残っているのだ。

このような構造的に興行屋である「ヨシモト」が今後も生存し、発展を続けるためには能力のある「興行師」を選択するのは自然だと推察できる。

つまり、 現在の「吉本興業」崩壊パターンとは、

戦争や大災害など外的不可抗力な要因を除くと

「大崎」氏の健康とかに何かあってTOPに現場経験の浅い未熟な「興行師」や畑違いの幹部が就き、押えが緩む間隙を付かれるぐらいしか見つからない。



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2011-04-21

【現代芸能】吉本興業02-01--「ヨシモト」のドンとソノ御仕事 2011_04_21_[THU]



2011_04_21_[THU]



【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!S02



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



他の芸能考察ブログと違い

【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察する


--> シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】 の全体見出し
-->コレまでの「ヨシモト」関連エントリー

---シーズン02見出し---
◆02-01--「ヨシモト」のドンとソノ御仕事
  1. ▼「ヨシモト」ドンの椅子に座るという事は?
  2. ▼「ヨシモト」ドンの椅子で行う御仕事とは?
◆02-02--「ヨシモト」のドンが興行師の理由
◆02-03--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦前」
◆02-04--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦後」
◆02-05--「ヨシモト」興行稼業とライオンの子供達
◆02-06--「ヨシモト」のドンと興行師「大崎洋」
◆02-07--「ヨシモト」のドン若き「破壊者」代表的MG


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「ヨシモト」ドンの椅子に座るという事は?

名実ともに日本一の演芸興行会社である「ヨシモト」のドンに座るということは、単に創業100年を迎える老舗芸能プロダクションの社長になることでない。

それは何か?

「ヨシモト」とは他の多くの「芸能プロ」のようなタレントMGやTV局などへの芸人差配企業ではなく、

根本は「興行会社」であり興行師達の企業であるから。

事実を積み重ねて考察していくと 「ヨシモト」のチカラとは、数億規模の興行を単独で打てる会社の規模ではない。


世界最大規模のお笑いフェス東西のLIVEスタンドは、数万人を動員し、木戸銭だけで億単位が動く。 人気芸人を含め数百を動かす。という規模を一社興行で打てる日本の芸能プロは「ヨシモト」以外存在しない。

「ヨシモト」ドンの椅子に座るという事は、

「興行師」として日本の演芸史に名前を刻めるという事。

例えば、日本に多く存在する

中堅以上のオーナー芸能プロは、恐らく「ヨシモト」のドンよりも役員報酬など物質的な見返りは多いだろうが、 彼らは死ぬと単なる「事業家の死」というだけで創業者以外は殆ど【演芸史】には自分の功績が刻まれることは無い。

ココが恐らく「ヨシモト」のドンと、非ヨシモト芸能プロダクションTOP達との、最大の違いであると推察できる。

日本の演芸史に名前を刻めるか?

意味がわからないヒトのために

もう少し、ココの角度から日本の【演芸史】の大きな流れとポイントを押さえながら突っ込んで頭の体操をすると「ヨシモト」が見えてくる。
  1. 問01-->現在も【電波媒体】のメインストリームであるTVにおいて演者だけでなく番組司会も含めた多くの枠を、

    「局アナ」や「歌手」「俳優」「放送作家」などのタレントや文化人から 少し前まで下に見られていた「漫才師」を中心とする【現代芸人】が根こそぎ奪取した原動力とは?


    多くの枠が「芸人」に取ってかわる前、70年代のまでは多くのTV番組などでイロの【現代芸人】はメインではなく賑やかし程度であった。

    この構造を「ヨシモト」の興行師達が攻めのマネジメントで変えてしまった。



  2. 問02-->戦後から1980年近くまでは【TV演芸】でも、まだ主役であった「落語家」など【古典芸人】を マス媒体の主役から引きずり下ろし、

    今のノーブランド「漫才師」を中心とする【現代芸人】という流れを作ったのはいったい誰か?


    マンザイブーム以後の「ヨシモト」養成所出身芸人での攻撃的なマネジメントにより、落語家からTV演芸での主役を奪う。

    しかし落語家は、まだマシで 【古典芸人】でもヨシモトがチカラを入れて差配やマネジメントをしていなかった「浪曲師」「講談師」は、

    マスからホボ壊滅する。
カケラを繋ぐと

日本の演芸史と「吉本」シンクロ。

これがリアルだ。

もちろん、こんなのは一例に過ぎず、今のTV演芸でのDVDパケージを強力に推し進めたのも界隈誌を見返せばわかるが当然、ヨシモトが先行だし

リアルな演芸史をトレースしていくと同業他社でも「吉本興業」のように出来る事は沢山あるが、 「吉本興業」には他社では無理で「吉本興業」のTOPマネジメントでしか出来無い事が存在する。のを発見する。






「ヨシモト」ドンの椅子で行う御仕事とは?

多くの関連書籍を見れば分かるように後の演芸史家たちが「あの時代の演芸は」と振り返るときに「やすきよ」の「木村」氏のように、今から10年から20年後には

界隈系の演芸史で一時代を作った「ダウンタウン」が語られる時には、背景として必ず「大崎」氏はセットで、興行師として実名で語られることになる。

「大崎」氏に関しては【NSC】と一連の【若手小屋】や【三段ロケット方式売り】に【吉本解体と再合成】や【YCC】に【ライブスタンド】等々、 「破壊者」の異名と共に「大崎」氏の死後も、日本の演芸史の中で語られることになる。

その「興行師」達の巣くう興行会社「ヨシモト」が持つ

日本の演芸史を作り変える力

があるからこそヨシモト幹部だけに発生する 「興行師」として日本の演芸史に名前を刻む。という醍醐味を味わえる。

という大きな誘引となり、

山っ気を刺激された 「興行師」達はヨシモトという魔物が巣くい、 多くの冒険者が息絶えると知りながらも【バベルの塔】の頂きを、それでもヤッパリ目指す事の原動力となるのだろう。と考察できる。

1000人近くの支配下芸人を従えて、単独で数億の興行を打ち、日本の演芸史を作る御仕事。

コレが【吉本興業】TOPマネジメントの出来ること。

たぶん、興行師からしたらリスクやプレッシャーも尋常じゃないだろうが、 オカネとかでは変えることのできないタマらんポジションなのだろう。と想像するには難しくない。 ≪ちなみに全体のパイのデカさは違うが、戦前の吉本全盛期は支配下芸人が2000弱。 なので、戦前の「ヨシモト」が持っていた支配率や支配力にはマダ及ばない。 支配下芸人と言っても戦前は直接や、いわゆる業態での提携という又貸しでの間接もあったが関西はホボ寡占。 で、日本の全土での独占を狙い関東に手を掛けて攻略中に戦争が起こり劇場が焼き払われ野望が終果てる。

この章の最後に興行師「大崎」氏達が描く未来の「ザ・テレビ欄」を推察しておこう。

問03-->2010年近くまでは【TVドラマ】や【映画】でも、まだ主体であった専業「役者」などを マス媒体の主役から引きずり下ろし、

現在の【現代芸人】が多くのドラマや本編の映画でも枠を埋める流れを作ったのはいったい誰か?


沖縄国際映画祭の主催などヨシモトの攻撃的なマネジメントにより、「映像」業界での枠の多くを専業「役者」から兼業「芸人」が奪う。

情報のボーダー化が進み、コメディ調のTVドラマでは親しみのある芸人が使われることが多くなり、 プローモーションでもダンマリで高く止まったイメージを作っていた専業「役者」は壊滅する。
上手く行くかはわかりませんが、何を狙っているのかは

簡単なモノポリーなのでスグ解けますよね。



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