※ $このブログでの--> { 現代芸能考察について覚書 } [ 2011-03-03 ]

@女芸人売れMG考察 = [ $稲垣早希{吉本}、$鳥居みゆき{サンミュ}、$いとうあさこ{マセキ}、 $おかもとまり{太田}、$イモトアヤコ{ナベ}、 ] [ 2011-02-09 ]

芸能IT政治トつ国下層


2010-03-30

【ぽっぽ】すべらない話--「法的に決まっているわけじゃない」 2010_03_30_[TUE]



2010_03_30_[TUE]



今日も、我らが首相ポッポの「すべらない話」が絶好調だ

 鳩山由紀夫首相が29日夕、首相官邸で記者団に語った内容は、以下の通り。  ――よろしくお願いします。

 「よろしく」

 【普天間基地の移設問題】

 ――米軍普天間飛行場の移設問題について、岡田外務大臣は対米交渉前に一つの案に絞り込む必要はないとの考えを示した。総理は「最終的には一つにまとめなければ交渉はうまくいかない」と述べていたが、政府案を3月中に一つにまとめる考えに変わりはないか。これは閣内不一致と呼ばれる現象ではないか。

 「え(苦笑い)。そういうわけではありません。当然いろんな選択肢の中から当然最終的には一つにして交渉をまとめていくと、当たり前で最後に二つもある、三つもあるわけはありません。ただ当然のことながらいろいろとアメリカやあるいは日本の中でも、交渉をしていく中で当然、必ずしも表だけの交渉ではなくて意見のすり合わせというものを行う必要があると。その中でいくつかの案が最初はあることはこれは当然かもしれません。しかし当然、政府案として最後に交渉してまとめていくにあたっては複数あるはずもありません」

 ――まとめていくのは3月中という考えに変わりはないか。

 「3月中にまとめていきながら、当然まあ、いつまでに全部やんなきゃいけないとかそういう話じゃなくて、大体のスケジュールから行けばあと残り2カ月あまりですから、もうそろそろしっかりとした政府案をまとめて交渉を成立させていきたいとそう思ってます」

「普天間「『今月中』と法的に決まってない」29日の首相」、2010年3月29日21時22分、アサヒ・コム≫


国民全員が、

「いやいや、オマエが言ってたことやん!」

って、お茶の間から突っ込めばいいんですね?

流石にベタな「ボケ」は破壊力があります。

予想通り、防衛費以上の血税をバラく「子ども手当にガイジンが殺到」しているみたいだし

国民が民主党という「コント集団」を選択したツケを今からもっともっとリアルな映像で体験出来そうです。



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2010-03-29

【稲垣早希】考察0511--「お笑い部族」酋長と『ヨシモト的なるものの親和性』? 2010_03_29_[MON]



2010_03_29_[MON]



【従来型吉本では誕生しない稲垣早希】



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察するシリーズ 【従来型吉本では誕生しないコア持つ稲垣早希】

アノ芸人事務所の巨人でありアゲアゲシステムを軸とした劇場原理主義である「よしもと」から出てきた、 「よしもと」的でない新しいタイプのネット等を中心とした「コアなファン」層から流れを形成しつつある女芸人【稲垣早希】

今回は、【稲垣早希】さんが所属する「ヨシモト」という芸能事務所を軸に、『ヨシモト的なるものの親和性』という構造をザックリと分析し少し違う切り口で適当に考察していく。


---見出し---
  1. ▼最初に、
  2. ▼関西圏における電波媒体との巧みな結びつき
  3. ▼具体的に、
  4. ▼しかし、酋長としての寛容さを持つ一方で、
  5. ▼関東圏で現在ほど支配力が無い時代にでさえ、
  6. ▼ココからわかるのは
  7. ▼関東攻略においても
  8. ▼では、そんな「お笑い好き」な貴方に問題です。
  9. ▼次の質問として
  10. ▼いろいろ考えて結論は、
  11. ▼俯瞰してみるとこの構造は本当にオモロだ。


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◆「お笑い部族」酋長と『ヨシモト的なるものの親和性』?


最初に、

関東圏の人は分かりにくいと思うが関西圏での表側から見えるヨシモトの支配の手法というのに対して考察を行う。



ヨシモトのマネジメント部を観察していると顕著な特徴があり

関連書籍や資料≪最近では吉本興業へのTOB差止裁判に関する資料がオモロだ。≫ を見ていると全体を統括する戦略レベルでは好戦的なのだけども、 支配に対する戦術レベルでは角を立てないように落とし所を丸く収めようとするパターンが多い。

≪本当は戦前からヤのつく自由業との関わりも絡めて考察するともっとオモロなのだろうけどもこのブログでは今後もソレ方面には一切触れない≫

関西圏における電波媒体との巧みな結びつき

≪有名なところではワッハ上方とかね≫以外にも ヨシモトの「お笑い業界」に対する支配手法で本当に上手い。なぁと感じさせる部分として、 ヨシモトは自身を部族の酋長であると認める他の家族≪他の個人や小規模の芸能事務所≫や芸人に対しては、 比較的寛容で他の業界にあるような勝者によるぺんぺん草も生えない根こそぎの刈取りを実は行っていない。

このあたりの裏事情の記事や書籍を読んだことがないのでマネジメント部が 独禁を意識していたテクニカルな戦略だったのか

≪実は以前にサブカル雑誌などの記事でヨシモトがコンテツ販売関連の問題で独禁でやられるのではという噂があった≫

真相は不明だが ヨシモトは関西圏における「芸能戦争」でも総刈取りは行わなかった。 ≪松竹との壮絶な引き抜きなどの時代を経験しての協定あと≫

出来なかったのではなくて

「ヨシモト」は意図的にしなかったのだ。

≪例えば離散集合する金融機関のように強者が弱者を食うという業界風土でないのかもしれないが、 結果的にヨシモトは関西圏攻略時でも某芸能事務所が行っているような同業態に資本を入れて 新たに分社や吸収でのグループ化で支配力を強化という戦略手法も関連記事や書籍に依ればホボ使っていない。≫

ただ、このあたりの事情は情報として出てきていないからオイちゃん達のように二次、三次情報から考察する第三者には本当の事は見えてこない。

具体的に、

関西圏での小さな芸能事務所などに対する≪地場や古典芸人の所属事務所等≫ ヨシモトの支配手法は、M&Aなど資本的な支配ではなく『ヨシモトを中心とする関連性』により成り立っていて、

≪もちろん業界の性質やヨシモトの長きにわたる歴史がそれを成立させていると言う側面が強くあるのだろうけども、 考察していると一般的な業界の支配手法とは全く違う事がよくわかる。≫

なので関西圏では【ヨシモトと親和性の高いタレント】さん≪ヨシモト所属ではない≫が、 結構、そのヨシモト芸人さんと共に電波媒体に登場したりレギュラーを幾つも持っていたりする。



関西圏でのヨシモトぐらいの支配力があれば、個人事務所のタレントなんて簡単に刈取りを行いヨシモト芸人に変える事も出来るだろうが、 そういう噂レベルの記事も読んだことがないし、現実に関西圏では【非ヨシモト】の個人事務所のタレントさんが電波媒体で活躍している事実が ソレを証明している。

例えば関東圏では週刊誌やサブカル誌などにタレントの引抜き時や枠がバッティングする女優を追いとすために圧力やネガティブ情報を流したり等の 記事を目にするが関西圏では「ヨシモト」と揉めない限り≪もちろん揉めたら完全に最後だけども≫、そう言った露骨な刈取りは行われないようだ。

ある意味、企業体としては手法の良し悪しは抜きとすれば関東圏にある強者が弱者への刈取りの方が理論的には納得できるが

ヨシモトが支配する関西圏では 普通の教科書に載っている市場支配の原理原則とは少し違っていて考察しているとオモロだ。

その関係をよくよく考察すると、それはヨシモトが大学の講義で習う商法上での支配関係でなく

関西圏で『お笑い部族』の酋長的な支配体制を築いている。

と見ればスムーズに全てがつながってくるのだ。

しかし、酋長としての寛容さを持つ一方で、

具体例は出さないが

酋長の地位を脅かすような行動や部族内の掟≪一般社会での契約関係等とは違った概念≫に 基づく秩序を乱す者に対しては、非常に好戦的になり相手が負けを認め掟に忠誠を誓うまで例え気絶しようが容赦なく叩きのめし、 逆らう芸人に対してはどんな売れていようが容赦しない。

そして、これも特徴的なのがソノ掟を破った芸人に加担した者だけでなく、 善意であれ掟を破ったその者へ手を貸す芸能事務所も許さない性質も併せ持っている。

つまり、その事務所ごとが攻撃対象になる。

例えば関東圏では、ジャニーズのような一定の支配力を持っている芸能事務所から移籍したとしても、



数年の年期が明ければ別の一定の支配力を持っている芸能事務所へ 移ることで再び業界で活躍する事も可能だが、

酋長のヨシモトが住む本拠地である関西圏では、ヨシモトに不義理やヨシモトと揉めた場合に関西圏での復帰は何処の芸能事務所でも100%に近い確率で不可能だ。

≪山ほど具体例があるので、あえて名前は挙げないけども≫

関東圏で現在ほど支配力が無い時代にでさえ、

「ヨシモト」は、掟を破り秩序を乱す≪社会一般の決まりでなく部族内の私的ルールが最重視される≫奴は酋長として何よりも絶対に許さないから

具体名は挙げないけども、

実際にあった出来事として関連書籍に拠れば関西で人気があった 「掟を破って不義理で関東に逃げた芸人」に対して酋長は執拗に追いかけて、その芸人をかこった事務所ごと 明に暗に圧力を掛け続けて「掟を破った芸人」を完全に干すことに成功し



最後は、その芸人が根をあげようが≪記事によれば、その境遇でコンビ仲も崩壊し精神も少しおかしくなったそうだ。≫ もちろん酋長は更に追い込み、その手を緩める事なく締め続ける。

そして、ヨシモト芸人である仲間の仲介で酋長に復帰の『許し』を請い、大いなる寛容さで ヨシモトに復帰するまで、その芸人は電波媒体から完全に消える事になった。

【禊】後の現在は以前のように「ヨシモト芸人」として関西圏での電波媒体を中心に活躍をしている。

ココからわかるのは

「ヨシモト」の住む関西圏では【禊】とは期間ではなく酋長の『許し』と掟への『忠誠』を意味する。

そうなのだ。



ヨシモトの関西圏での支配力の源泉とは、

自分達の存在を是とする者たちには勝者にありがちな露骨な「全狩り」を行わない部分と、 自分達を非とした者に対しては徹底的に「追い詰める」という

≪「ワッハ上方」のように自分達より強く負けると思った場合は、粘って粘って落とし所を見つけるしたたかさも持っている。≫

『大いなる寛容さと、非情な攻撃性』で成立してる。

まさしく、「お笑い部族の酋長」と思えば全て合点がいく。

もちろん芸能事務所という特殊業態であることを考えると一般企業を見る観点で捉える事自体が陳腐なのかもしれないけども観察していて面白い企業だ。

そして、「大いなる寛容さと、非情な攻撃性」という『ヨシモト的支配手法』を関東でも踏襲するのであれば

関東攻略においても

自らが 『我コソはヨシモトであり、お笑い部族の酋長なり、掟はココにある。認める者には手を出さない。 認める者には食べ物も与える。しかし、逆らう者に慈悲は無い。』という宣言書を読み上げ

自ら「お笑い部族」の酋長として

他の芸能事務所に『ヨシモト的なるものの親和性』のYESとNOを突きつけてくるハズだ。

そんな、大げさな!喩え話としても大げさだと思います?

では、そんな「お笑い好き」な貴方に問題です。

「お笑い業界」における

「M-1」「R-1」「KOC」とは何でしょうか?



R-1、M-1、KOCいずれも 「日本の現代芸能におけるヨシモト的世界観のスタンダード化」を行う戦略的ツール。ですね。

そして、 その「賞レース」のルールと言う宣言書にサインをした

他の芸能事務所に所属するM-1では「サンドウイッチマン」さん「アンタッチャブル」さん「オードリー」さん等々 R-1でも「バカリズム」さんにKOCの「東京03」さん等、

それまでは ホボ無名であったに芸人に対して名誉と食べ物を与えたのは誰が主催する「賞レース」でしょうか?

それでも、先ほど言った喩えの「構図」が大げさだと思います?

次の質問として

逆にヨシモトがこれら「お笑いの賞レース」に主体的に加わらないで今のような一定の権威があるものとして成立したでしょうか?

そして最大の謎である

ナゼ、ヨシモトは自分の家族だけでなく他の家族の芸人にも食べ物を与えようとするのでしょうか?

いろいろ考えて結論は、

戦後から今日にかけ漫才等を中心とする【現代芸能】全盛の現代で、やはり先ほどの予想通り 『ヨシモトは自らを日本における 『お笑い部族の酋長である』と本気で思っている』と推察すると色んなパズルが嵌っていく。

たぶんコレは正解であり、

もちろん自分の家族である『ヨシモト芸人』が勝負に勝って自分たちの売上げを上げる事も二次的に重要だけども、

ヨシモトのマネジメント部は自らを日本における『お笑い部族の酋長である』と思い、又、

一部の「ヨシモト芸人」も自らを『お笑い部族』の酋長家の一員であると本気で思っているので

【現代芸能】の裾野をひろげ、酋長に従う他の家族にも食物を与える事を、酋長家の 宿命や使命だと考えていて、

酋長家である自分達が掟やルールを作った上で「酋長家は勝ち抜き主導権を握れなければいけない」と思考しているのだ。

そう考えると、「M-1」などの出来た経緯が書かれた資料 などとも色々つながってくる。

≪他の事務所の芸人に対しても10年やっても芽がでない漫才コンビは辞めた方が良いなどは、 自分を「現代芸能」を発展させ引っ張らなければいけない酋長家の一員だと自覚しないと発想自体が出てこないハズ≫

逆説的に言うと、こういう思考回路が証明しているのです。

俯瞰してみるとこの構造は本当にオモロだ。

そして、そういう思考で考察すると色々な動きがつながってくる。

また、象徴的な出来事して商品である芸人に求める上下関係の徹底という「ヨシモト的なるもの」の掟のヒトツである

「先輩に挨拶」をチャンと行わなかった事を指導した 「ヨシモト芸人」に対して批判した者が「M-1」審査員から静かにハズレた。

しかし、逆らう者に慈悲は無い。

貴方がヨシモト意外の芸能事務所に所属している関東の芸人であるならヨシモトは自ら「お笑い部族」の酋長として、

遅かれ早かれ『ヨシモト的なるもののルールに対しる親和性』のYESとNOを突きつけてくるハズだ。



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2010-03-22

【ざわざわ】--「負けたけど。死ねねぇ」 2010_03_22_[MON]



2010_03_22_[MON]



サテンでツレとダベリながら次に注文をするお客の性別当てで3人分のコーヒー代を賭けて2人と勝負するオイちゃん。

ルールは、

オイちゃんが負ければオイちゃんが自分も含めて1人で3人分のコーヒー代1050円を支払う。

しかし、オイちゃんが勝てばオイちゃんのコーヒー代を含んで2人が600円づつ支払う。

結論的には、

2人が喜んで賭けに応じてオイちゃんが負けて1050円を支払う。という 漫画のようにはカッコよく行かない展開へ。

負けは残念だけども
良い賭けのフレームを作れて満足した。

一見、理不尽にオイちゃんが損な感じだが≪確かに負けると≫、

実は、

勝てばコーヒー代が無料になる上で 150円儲かるという彼ら二人よりも有利なハイリターン条件である事は分かりにくい。≪彼らはコーヒー代が無料になるだけ≫

その確率論を左右するパターンキーは客の時間帯による注文比か、 単純な男女の相対比か、気温や気圧などによる男女の注文比率なのか、わからないけども

この場合は確率論さえ上手くコントロール出来れば美味しい勝負ができるわけで、負けたけど。

ただ、リアル世界の出来事のハズなのに
カイジという漫画で展開される自堕落に沈んでいく架空世界の人間模様を全く笑えないリアル現状と思考だなぁ。と

この生活から抜け出そうと、それまでの蓄えを全部ハイリスクで自分の霊感を信じ勝負して、負けた。

完全なる敗北。

残ったのは小さな借金。地味に返済し続ける日常。

くそーー。身動き取れねーー。

結局、去年も自殺者が3万人を超えたそうだ。

自分で死を選ぶ尊厳はプロテスタントなのに否定しないけど自分の場合は、このまま死んでしまったら 『負けに殺された』という屈辱感で逆に意地でも死ねねぇ。

「渡れる。渡れるはずだ。信じよう自分を。渡れる。俺は渡れる。」

ざわ・・・ざわざわ・・・

そして再び勝負だ。 とりあえず返済だ。



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2010-03-21

【稲垣早希】考察0401--「あほすき」は【非真面目なT層】を捉え「中山功太」にダメージを与えるか? 2010_03_21_[SUN]



2010_03_21_[SUN]



【従来型吉本では誕生しない稲垣早希】



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察するシリーズ 【従来型吉本では誕生しないコア持つ稲垣早希】

アノ芸人事務所の巨人でありアゲアゲシステムを軸とした劇場原理主義である「よしもと」から出てきた、 「よしもと」的でない新しいタイプのネット等を中心とした「コアなファン」層から流れを形成しつつある女芸人【稲垣早希】

今回は、「稲垣早希」さんの新しいレギュラー番組が決まったと言うことなので、視聴率と番組を 軸に構造を分析し少し違う切り口で適当に考察していく。


-->コレまでの「稲垣早希」関連エントリー

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◆【NHK】「あほすき」で視聴率動向は?


04月から関西ローカルでNHKの夕方帯の「あほやねん!すきやねん!」で『稲垣早希』さんが月曜のレギュラーが決まった。



NHKは4日、公開生番組「あほやねん!すきやねん!」(近畿ブロック、月~金曜・後4時50分)の新レギュラーを発表した。放送時間を8日から午後5時10分に変更する。

 29日からの新年度は曜日ごとにレギュラー出演者を決め、ファッションや音楽などの話題を紹介。中山功太(29)らが卒業し、新たに月曜に稲垣早希(26)、火曜に鎌苅健太(26)、水曜に近藤夏子(24)とプリンセス金魚、木曜に渡辺直美(22)が加入。会見で“しゃべれるイケメン俳優”と紹介された大阪出身の鎌苅は「NHKさんが求められるなら、しゃべらせてもらいます」と意気込んでいた。

(2010年3月5日10時54分 スポーツ報知 稲垣早希らが新レギュラー…NHK「あほやねん!―」

ココで一番の注目は?
もちろん、03/29のリニューアル後の曜日と全体「視聴率動向」だ。

果たして本当に、『稲垣早希』さんは一番の認知度がある関西圏で若者に視聴率を持っているのか?

初の「NHK」レギュラーという「ロケみつ」以外での電波媒体による定時データーと言うカタチで「タレント性」を試される事になるわけで 考察するにはとてもオモロだ。

まず、この番組「あほすき」の現状は?
番組の内容としては、
  1. 帯-->月~金曜・後4時50分

  2. 情報番組-->ローカルの若者向け

  3. メインターゲット-->T層「男女13歳~19歳」サブがF1M1

  4. リニューアル前メイン-->ヨシモトの『中山功太』さんが帯で司会を行っていた。

  5. リニューアル後メイン-->曜日ごとに出演者が変わるが内容的はさほど変わらない。

  6. 視聴率-->NHKだから続けられる平均して1%前後の低視聴率番組。 増刊号や特別番組などの企画でテコ入れするもNHKが全滅している時間帯。

  7. 占有率-->地上波での同時間帯では一人負け番組。
    • 毎日放送「ちちんぷいぷい」
    • ABCテレビ「ニュースゆう+」
    • 関西テレビ「スーパーニュースアンカー」
    • よみうりテレビ「かんさい情報ネット ten!」
つまり、NHK「あほすき」とは、
若者をターゲットとした情報番組であり、某巨大掲示板の関西視聴率から見てみると

他の視聴率4~6%±1~2を取っている番組 に囲まれた低占有率番組。U局とか除く。

もし、視聴率アゲたら?
『稲垣早希』さんの評価が上がるのは当然だけども

おそらく月曜日に同じヨシモトの「ジャルジャル」さんも出演予定であり、 知名度は彼らの方が全国区だから全面に出るハズなので『稲垣早希』さんの正確な分析は分計の動きでしかワカンナイから オイちゃん達には見えにくいだろうなぁ。

ただ、リニューアルと言いながら出演者の変化や曜日別のMC制という小さな変化はあっても番組の内容とかは殆ど変わってい無い事から 恐らく世間的には、「あほすき」とはR-1も優勝した関西圏では知名度の高い『中山功太』さんの番組だったわけで

個別の曜日でなくて番組全体で数字が上がってしまったら『中山功太』さんが地元のローカル番組でイカに視聴率を持っていなかったのか。 という致命的な証明になる わけで

「ヨシモト」としては痛し痒し。だとも言える。

つまり数字的には、現在の視聴率が【1%】台を中心としているので常時【2%】とかを超えてきてニューアル成功、 【3%】とかにも平均で届くようになってしまうとリニューアル大成功となり、

世間的には、 『稲垣早希』さんというよりも視聴率を全く上げられなかった『中山功太』さんの事が 批評ブログなどで取り上げられるだろうなぁ。という事は予想できる。

オイちゃんの予想では
これまでも「あほすき」は男女十代のT層をターゲットにして 『アイドル』と言われている人達を積極的にブッキングしていたが さほど視聴率に貢献しなかった。

「あほすき」視聴率低迷の要因として一番の原因をあげるとしたら、 番組構成を見てみると【真面目なT層】と【非真面目なT層】という要素を排除してしまっている事ではないかと推察できる。

つまり、
  1. まず、同時間帯である「ちちんぷいぷい」などの番組がいっときのような勢いは無くても固定視聴者≪年齢の高い層を取られているがココはスルー≫ に加えて本来とるべき【非真面目なT層】も取り込まれている事。

  2. 「あほすき」がメインのターゲット層としている【真面目なT層】「男女13歳~19歳」というのは時間帯的に部活や放課後活動中の可能性が高い事。 ≪番組の作りがココの層をメインにしているなら制作側は完全に未誤っている。≫

  3. そして時間帯的に部活や放課後活動をしないで家で『TVを視聴』している【非真面目なT層】≪本来ターゲットにすべき帰宅部的な層≫が 「あほすき」のようなNHKらしい遊びの少ない番組は避ける確率が高い事。

この時間帯的で視聴層に「T層」が居ないのではなくて部活動などをしている【真面目なT層】が薄いのだという事。

例えば関西圏で同じ時間帯に同じ層をターゲットとしていた、ダウンタウンさんなどの「四時ですよーだ」など一定の占有率を維持していた番組があったわけで 潜在的にこの枠に「T層」は居て別の局に流れていると推察できます。

そして、その層の多数を占めている人物像をプロファイルをすると「あほすき」的な結果が見えてくるNHKらしい番組を見る層では無い。と言うこと。

なので予想的には、番組ではなくMCやレギュラー陣の人気度合いで【指定買い】的な視聴動向から 『稲垣早希』さんなど出演者で微妙に上がったとしても、さほど全体の視聴率は変わらないに「Betting」してみたい。

具体的は、最初はリニューアル効果で宣伝も入るだろうし【2%+】、個別の曜日で少し差が出る。

さぁ、結果はどうだろ。もちろん録画だけど楽しみだ。



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2010-03-17

【ぽっぽ】国家コント--「とりじん政権6ヶ月」 2010_03_17_[WED]



2010_03_17_[WED]



人間から権力を奪取することに成功した鳥人ポッポ政権が発足して半年、順調に日本が崩壊してきている。

2010年のキングオブコント優勝は
「民主党」が最有力だそうです。「バナナマン」がんばれ!

確かに「民主党」は大掛かりなセットで我々国民の度肝を抜くボケを次々と繰り出してきます。



おおきな「あるあるネタ」で「フリ」をしておいて

基地の国外移転も、ガソリンも、 消費税もまかなえると言っていた埋蔵金も



満額で防衛費を越える「子ども手当」は日本人の税金を外国にいる外国の子供に支給

サンキュータツオ氏は「手数論」で間違いなく一票を勧め、 ラリー遠田氏も「このボケを見よ!」とサイゾーで高評価するであろう半年と言う期間に高速でボケ続ける「民主党」コント。

日本と言う国に住む審査員である国民は
「こんなハズでは無かった!」と言っているらしい。

いやいや、一般審査員の皆さん。お静かに。

まだ「オチ」じゃないですよ!

「あるあるネタ」の嘘ボケぐらいは「民主党」にとっては「クスグリ」や「まくら」程度です。

しっかりして下さいよ。 我々が選んだんですから、「民主党に票をいれると言う」この日本と言う国の崩壊を。

だって、「民主党」の大オチは「外国人地方参政権」による



日本は日本人のものだけじゃない!

ですから!

「民主党」という鳥人達が、僕らをオランダが選択した未来という国家を失った反動から来る異民族への憎しみと言う「阿鼻叫喚」へといざなってくれます。

まだ嘘だと思ってます?





そうなのだ!我々日本人もいつのまにか鳥頭となっていたのだ。

ポッポポポッーー



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2010-03-15

【ダベリ場】--「オチはコチラです。」 2010_03_15_[MON]



2010_03_15_[MON]



いつものようにツレとサテンでドリンク一杯だけ注文し数時間、生産性の無い会話してきた。

リアル社会では、こういう意味のない時間を過ごすのもコミュニケーションと呼ばれる必要なプロトカルチャーだ。

それは、オイちゃんだけでなく、その場にいる2人のツレもおそらく同じような気持ちだろうなぁ。とお互いこころの中では思っているんだろうけども 大人なので口に出しては言わない。

なので、このブログを読んで知るのだ。

でも、生産性は無いけども低層の労働者とは単純ルーチンが主なので 「ツレと他愛も無い話と言うのは気分転換にはオモロなのでありがたいよ。僕のクッキーちゃん達。」と書いておこう。

「オマエ女芸人好きやなぁ」
と、ダベっていてツレに言われた。

たぶん、このブログを見て言ったんだろうなぁてのはわかった。

でも、それは全体的には正解だが方向は少しズレている。

正解は、

「女芸人も好きだ」になる。

特に女芸人さんが好きとかは、あんまり無い。構図としては演芸の中にある口演芸能が比較的好き。 と言うことだ。

では何故、
このブログでは「女芸人」さんのことしか書いていないかと言うと?

考察の対象としているのが現代芸能の「女芸人」さんだからだ。

「女芸人」さんを考察の対象としてる理由は?

【現代芸能】における男女比で「女芸人」さんの占める割合が少ないから動向を掴みやすい。

もし、男の芸人さんを考察の対象に含めるとしたら観察する絶対数が膨大になり、「借金返済のためのガテン労働」 というワタクシメに課された尊いお勤めができなくなってしまうから。

つまり、全体の総数に比べて生息数が少ない事から観察対象を絞れるので「類型の全体から考察しやすい。」という理由で 「女芸人」さんを考察の対象にしている。

そもそも、【現代演芸】の考察を始めたのもオイちゃん、あえて詳しくないことを資料を読んだりネットで観察しているから・・・ だから、もともとは落語や講談・浪曲など口演の【古典芸能】の方が詳しくて・・・ 戦後の大衆娯楽としての口演芸がソレまでの浪曲や講談から・・・と言うような変遷を迎えた延長線上にあるわけで・・・ つまり、全体の構図は時代を軸に・・・

と言う事をヒトリで30分くらい延々とマシンガントークで喋り続けるという「ボケ」をヤリキッタが、

彼らも、お約束で殆どオイちゃんの話を聞いていなかったのでオチとして、このオイちゃんの素晴らしき30分間がこの世に存在した事をブログに記しておく。



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2010-03-13

【稲垣早希】考察0301--「ヨシモトDNA」と関連DVD販売 2010_03_13_[SAT]



2010_03_12_[SAT]



【従来型吉本では誕生しない稲垣早希】



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察するシリーズ 【従来型吉本では誕生しないコア持つ稲垣早希】

アノ芸人事務所の巨人でありアゲアゲシステムを軸とした劇場原理主義である「よしもと」から出てきた、 「よしもと」的でない新しいタイプのネット等を中心とした「コアなファン」層から流れを形成しつつある女芸人【稲垣早希】

今回は、「ブログ旅のDVD発売は来年2011年以降になるハズ」という予想がハズれたので、 稲垣早希さん関連の『DVD販売』を軸に「ヨシモト」を絡めた 構造を分析し他の批評ブローカーさんと少し違う切り口で適当に考察していく。


-->コレまでの「稲垣早希」関連エントリー

---見出し---
  1. ◆『稲垣早希』のブログ旅DVD発売?
  2. ◆「ヨシモトDNA」と「桜の卒業の季節」DVD?


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◆『稲垣早希』のブログ旅DVD発売?




録画していた「ロケみつ」を見ていたら 年始にエントリーした『稲垣早希』考察020での 「ブログ旅のDVD発売は来年以降になるハズ」という予想がハズれた。

予想した理由として
  1. 「他局に販売」
  2. 「間に書籍など別の物販を挟んでくる」
という2点を挙げた。

(01)の番組販売を狙って時期をズラしてくることはハズしたが、 【MBS】の今までのパターンからDVD以外に(02)「書籍など物販を挟んでくる」は当てたので一勝一敗という感じか。

予想に反して
まだ、詳細はよくわからないが『関西縦断ブログ旅』を「トラの巻」「パンダの巻」というDVDで2巻にして2010/06/02に 「よしもとアール・アンド・シー」から発売するようだ。

どうやら、DVDの1本が180分の収録なので、もし『関西縦断ブログ旅』を2本で完結させるとしたら、最大が6時間と言う事になり 第拾八話までの『完全版』が入るようだ。

つまり、
「TBS」が2010年1月9日に「関西縦断ブログ旅ゴール」を迎えたのでコンテンツの勢いがある今年中にDVD物販で早めの利益確定をしていくという 方針と言うことになる。

再編集無し?
早く出していくことでコンテンツ鮮度を保てるので『鳥居みゆき』さんのハイタッチDVDのように再編集などリテイク、 リプロダクトを行わなくても、それほど気にする事なく販売出来る利点もある。

コンテンツ鮮度が古くなった部分を副音声や未公開映像を含めたボーナス映像など編集によって まかない、数種類の写真のうちドレかが入ってる的なベタな特典付けるハズと予想したが、

どうやらコンテンツ鮮度が新しいこともあり『完全版』のマンマ?

ただ、『完全版』マンマではなく未公開映像を挟むなど編集を行った方が間違いなく販売数が伸びるのを予想出来るが。 詳細はまだ不明だ。

踏まえて今後の予想と考察、
  1. 「シリーズごとに分割してDVD販売」-->現在、ネットしているTBS等が「四国一周ブログ旅完全版」終了後、 四国のローカル局で番組が売れなければ半年とか1年以内という短い期間で『DVD販売』になるはず。

  2. 「次のシリーズは来年以降で3巻はうさぎの巻」-->次の「四国一周ブログ旅完全版」は、 時間的に3巻以上になるので「トラの巻」「パンダの巻」「ウサギの巻」となる。

  3. 「初動の販売動向で、『稲垣早希』の人気度合いが測れる。」-->「ロケみつDVD」と言っても 誰もがわかるようにコレは『稲垣早希』さんのDVDであり、販売実績で彼女が一般ユーザに対して現在時点の「購買力」を持っているか?という指標になる。

この中でも特に注目して観察するのは、初期の『販売動向』。

パターンとして、こういうコアなファンを持つとされる【対象者】≪今回は『稲垣早希』さん≫の場合は、販売1週間から1ヶ月の「初動」がどう動くかで だいたいわかる。といわれている。

≪ソレ系の書籍によるとコアなファンは予約や販売日からそう遠くない日に購買するから販売数グラフが初動が急激にグーと伸びてストーーんと落ちていくので、 底値を推察出来る。 ≫

このDVDで『稲垣早希』さんの数値が取れるとは?
これがアメトークなどの「お笑い」という汎用的なコンテツDVDだと 「ネタ」であったり出演者とのカラミを含めた「話術」の面白さが購買動機に占める割合が増えてしまうことで 司会者など『MC』個人の人気度を計測しにくいとされている。

『稲垣早希』さんのコアなファンの人は理解しにくいかもしれないがライトなファンと言うのは 【TV演芸】で無料で放映され『稲垣早希』さんという個人が全面に押し出された汎用性の無いコンテンツを わざわざDVDを買ってまで保存しようとはしない。

つまり、このDVDの購買動機とは、
常識的に推察してみて 『稲垣早希』さんの旅ロケ番組での魅力 という比重が非常に高い。という事であるから

「コアファン層」と「ミドルファン層」の合算で販売数が出る。

つまり、 一層、正確な『稲垣早希』さんが持つ人気の現在時点での全国値が取れるという事。

このDVDでマネジメント側は?
オイちゃん達のような一般人は外部に出てくる少ないデータで推し量るしか無いので地域別などの動向は つかみにくいが

マネジメント側は、販売動向の詳細なデータとして 例えばDVDが捌けた数としてアマゾンのようなNETがドレぐらいで 店頭売りがドレぐらいでなどという地域ごと、時間ごと等のPOS販売数やチャネルを含めた詳細なデータが手に入る。

ここからヨシモトのマネジメント側は『稲垣早希』という商品に対して「分析」をかけて販売戦略を練り直したり、

初動から割り出したコアな層の数値や販売数をTV売りでのブッキング営業や営業販売 などの「資料」として利用していく事ができる。と推察出来る。



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◆「ヨシモトDNA」と「桜の卒業の季節」DVD?


「桜・稲垣早希」の考察理由
オイちゃんが「桜・稲垣早希」さんを考察し始めた理由は簡単で長年、吉本興行を見てきて 「従来のヨシモト的な女芸人とは明らかに違うコアなファン形成」をハジメテいたから

ひょっとして、吉本マネジメント部は「パピプペポピンズ」以来「鬼門」を突破するのか?

という一点に興味があるから。今も。

「桜の卒業の季節」DVD発売
「桜の卒業の季節(仮)」が2010/06/09に発売されるようです。



「桜」結成から 『増田倫子』さんの卒業までの映像を集めたというDVDです。

「桜の卒業の季節」と「ロケみつ」DVDの違い
違いは簡単で

  1. 「桜の卒業の季節」-->コアファンを対象。
  2. 「ロケみつ」-->ミドルとコアファンを対象。
という事で「ロケみつ」DVDは、番組で「タレント的な女芸人」の『稲垣早希』を好きな層≪ミドルファン層≫も買うが、 「桜の卒業の季節」DVDはコアファン以外は、ホボ買わないという違い。

ただ、パーセンテージ的には、サキちゃんが好きなので「ロケみつ」は見るがDVDを買ってまで見ようとは思わない移り気で薄いファン層≪ライト層≫が大多数である事は推察出来る。

「桜の卒業の季節」DVD販売でわかること。
コレも簡単で

(「ロケみつ」DVD販売数)-(「桜の卒業の季節」DVD販売数)=「ミドルファン層」

という数式が成り立つので、「ロケみつ」で膨れた「ミドルファン層」の大枠を掴むことが出来る。と言う事。

つまり「ミドルファン層」とは、
「ロケみつ」という番組終りで無くすかもしれないファン層だとも言えるわけで、

マネジメント部は数値を分析しながら、 このファン層を如何にしてコアなファン層に取り込んで行くかと言う戦略を練る事になる。

「桜・稲垣早希」もヨシモトDNAで潰れるか?
まず考察時、絶対に見落としていけない事実は、『稲垣早希』さんがヨシモトで無ければ関西圏においてこのようなカタチで電波媒体に乗る事はホボ無かったし、 舞台どころか【旅ロケ】キッカケさえ掴めないのが現実で、ヨシモトだからチャンスを掴めたという事。

それを踏まえた上で

以前にもエントリーで書いたがオイちゃんは「劇場絶対主義」なDNAを持つヨシモトは、マネジメント側は理解していても 現場側が「ヨシモト型女芸人」とは全く違う資質が必要である 「タレント的な女芸人」を同じ土俵で比べて低く見る傾向があるから

なんとなく マネジメント側の思惑とは違うところ、 おそらく「現場が『増田倫子』さんにヨシモトDNAを強要してココロが折れたんだろうなぁ」と簡単に妄想予想出来る。

だからこそマネジメント側の戦略が当たり、今までの「ヨシモト型女芸人」には無かった確変を始めた『稲垣早希』さん。が今後どうなっていくのか?その点について興味がある。

イメージ先行の「タレント的な女芸人」を少し下に見る傾向があるヨシモトの現場 からオセロさんのような「タレント的な女芸人」が簡単に育つとは思えないし、

それは「妖精・ポピンズ」以来ずーーーと鬼門であった事が証明しているわけで、

その延長線上にある『稲垣早希』さん。

「桜・増田倫子」は芸能界に戻れるか?
それは全くワカラナイ。

しかし、断言出来るのは関西圏では「ヨシモト」以外からは100%無理と言うこと。これは99%ではなく100%。なのは 「ヨシモト」を長年考察していると簡単に予想できる。

「ヨシモト」から、こういう辞め方をした場合には、ありとあらゆる芸能活動は不可能なことは簡単に推察出来る。 特に関西圏では電波媒体は当然だが、紙媒体などでさえよっぽどの強いコネがない限り不可能になるようだ。

あの「横山やすし」師匠でさえ「ヨシモト」解雇後は、いろいろ情報を追うとアクションを起たりしたようだがネットも無い時代 そういった動静は一切伝わる事なく関西圏のありとあらゆるメディアから消えたのである。

『増田倫子』さんの場合も今までの「ヨシモト」的なパターンからすると他の事務所に行こうが関西圏では芸能的な活動は100%不可能。 おそらく町の「ダンス教室」で小学生を教えるっていう規模以上は不可能だと推察出来る。

ただ『増田倫子』さんが救いなのは、ホボ無名であった事や、元相方の『稲垣早希』さんと今でも仲が良い。というコトだ。

過去にも
色々なカタチで「ヨシモト」から去った人がいるが、よっぽど綺麗な辞め方をしないと芸能生活はそこでピリオドを迎える。

名前は挙げないが、そこそこ名前があり「ヨシモト」で結婚を機に 相方を置いて解散した漫才師は何度か頭をさげようとしたようだが「ヨシモト」に戻れない。 もちろん電波などマス媒体が、その「漫才師」を一切取り上げないので芸能活動でイベントを打つことも出来ないし、 サラリーマンをするしかない。

絵などアーティストで生きようとする場合も「ヨシモト」に籍を置きながらであればたとえマージンを抜かれても「ヨシモト」というネームバリューと共に キッチりマネジメントや宣伝をかけてくれるので「ジミー大西」さんや「たいぞう」さんのようにお金も入ってくるが

これも名前は挙げないが同じように、絵などアーティストで生きようとする場合も「ヨシモト」のチカラを、みくびって辞めてしまうと 今までは「ヨシモト」だから取り上げていた電波はもちろん紙媒体でも取り上げてもらえなくなるので、よっぽどコネや力がない限り 町の日曜画家レベルでしか個展を開けなくなってしまう。

事実と照らし合わせて考察していると色々なモノが見えてくる。



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2010-03-07

【ダベリ場】--「勇者どの!悲しい時ほど楽しくなれるチャンスでござる。」 2010_03_07_[SAT]



2010_03_07_[SAT]



知合いでイチイチ、人の目線を過敏に気にする人を含む大勢でしゃべった。

ネットなどのバーチャルと違いリアル世界にて人の目を全く気にしないのもどうかとは思うが、 彼は「自意識過剰」だから見えない敵と戦って、いつも会話が疲れている。

よく分からない誰かと戦う戦士である彼にオイちゃんは、こういう性格だから「今日もお疲れさん、勇者どの。」と ネットなどのブログエントリーと同じ軽い感じで「ボケ」て突っ込みたくなる。

声をかけてしまいそうになるが・・・、

リアル社会に住む彼は ジョークを笑ってくれそうにない空気をムンムンムラムラ漂わせているからマウスから零れ落ちそうになる言葉をグッと我慢している。

例えば若いアイドルが「自分は他人にこう見られているに違いない」って考えて悩む分には、「論理的整合性」も万人が認めるところだろうけども

30歳もまわったオッサンが真面目にオチの無い「世界自分中心主義で現実」を語っているのを見ると笑っちゃいけないシュールコントの構図にしか見えない。

そしてオチはドリーバックでカメラが徐々に引いていくと下半身が丸出し。 とかのベタな映像を想像してしまう。

オイちゃん的には話に分け入って 「オイちゃん達のような下層ヤカラは、リアル社会における分配法則時に「ゴミクッズ」という同類項でもって ( )で括って、まとめられそうな現状なのだから、「パンツ」係数を履いていなくても一般社会中間層からは見えてないのではないか? よし、みんなでパンツを脱ごう!」と鳥肌実ばりに真顔の 「ボケ」演説をしそうになるが我慢する。

モチロン、リアル世界での彼はズボンもちゃんと履いているし、オイちゃんは大人だから取り敢えず黙って話を聞いてる

≪オイちゃんの「ボケ」を我慢と彼が自分の「感情」を吐露とでスワップし彼のカタルシスは満たされるのだろうし。彼の話しぶりは他人にアドバイスを求めているのではなく自分に協賛して欲しい、感情吐露したいの紋切り調だから。≫

オイちゃん的には、落ち込んでいる時ほど「軽いジョーク」でも感情の落差からメチャクチャ面白く感じるという神様が与えてくれた 「悲しい時ほど楽しくなれるチャンス」なのだ。

不謹慎だけど、葬式で起こる小さな出来事も感情のギャップで通常よりもオモロに感じるときあるでしょ?あれといっしょ。

シャークスピアじゃないけども対極にあるはずの「死」と「笑い」って相性が良いんだよね。

陽のささぬ肥溜めで「不」が蠢くオイちゃんと彼には「そんなラッキー」が溢れている。



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2010-03-06

【我家のアイドル】--「有機物の宿命はわかっちゃいるけども」の巻 2010_03_06_[WED]



2010_03_06_[WED]



とうぜん貝になっても同じである。

老いという現象は有機体である限り避けては通れない。

同年代『いとうあさこ』さんが演じられるアイドルの呟くネタがダイレクトに身に染みる。

もう肌が雨粒と共にネタを弾かない。

老いとは、沁みるのである。

ああテロメア。


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我が家の誇り高きアイドル犬


我が家のアイドル犬≪メス、マルチーズ≫は春で18歳以上になるので人間でいうと90歳を超えてしまう。



と思っていたら、

貰って来た時は既に1歳になっていたらしく現在、本当の年齢は19歳以上で100歳レベルという年齢偽装が先日判明した。

その我が家のアイドルが体調不調でホボ寝込んでしまって帰宅後は気になって夜も何度か様子を見に行ってしまう。

トイレ以外での脱糞や、意味のない徘徊は、約1年前から始まっていたんだけど徘徊もできないレベルで弱ってきた。

年齢を考えるとお迎えが明日来ても不思議ではないのだが、なんとか苦しまずに天国に行っては欲しいが、ちょっとでも長生きもして欲しい。 という矛盾の中に気持ちがフワフワしてまう。

夜、いつもように読書をしていてもフッと珈琲のマグに手を伸ばして集中が切れる瞬間

彼女が小さい頃『壊れた機械仕掛けのオモチャ』のように オイちゃんの読書の邪魔をしにまとわりついて来た残像が浮かんできてタマラなく辛くなって 読書ができなくなってしまう。

もちろん、有機物の宿命として覚悟はしているので彼女に尊厳ある死が訪れるように と祈っているのだけども



足腰が弱って、もうちゃんと歩けなくて変な寝姿でしか横になれない彼女が、自分の置かれている状況をチャンと把握出来ていないのか寂しそうな顔で 殆ど濁って見えない目を広げてズーと一点を見つめて老人特有の震えの中で佇んでいるのを見ると

辛いなぁ。って思ってしまう。

避けられない現実とは、わかってはいるけど。

取り敢えず年を取ると寝るにもエネルギーがいるらしくボーとしてたり、彼女が寝られない時は語りかけながら骨と皮だけになった体を昔と同じように摩ってあげる。

もう声はしないけど『舌なめずり』だけは

小さかったアノ頃とおんなじ仕草。

特に自分の場合は病気で倒れてサラリーマン辞めて実家に帰ってきてからは彼女の元気にずいぶん救われたから。 彼女が自分の前から、いなくなる事が怖くて仕方がない。

頭では、ちゃんとわかっちゃいるんだけども。



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2010-03-02

【現代芸能】売れ理論--3つの「村上隆」理論で『長谷川利行』アルゴリズムを回避出来るか? 2010_03_02_[TUE]



2010_03_02_[TUE]



シリーズ【現代芸能】売れ理論考察

いつものように多くの「お笑い批評ブローガー」とは全く違う角度からエッジを立てて【古典演芸】と違い屋号を受け継がない【現代芸能】を観測。

今回は、洋画家「長谷川利行」から【現代芸能】の類似性を指摘しそのアルゴリズムを「ムラカミ」理論で回避が可能か?という理論援用した考察エントリー。

専門用語は、なるべく外しガッシリと噛み砕いていますが細部の説明は端折るのでソレ系の界隈に興味のある人にしか全く意味不明な箇所の多い文章です。

「芸術活動」と「売れ」の関連性などをマクロ的な観点から絡ませながら【現代芸能】を適度に考察。

PS:最近の「エフエム芸術道場」のPODのvol436--450で 若手の批評家≪黒瀬陽平さんと濱野智史さん≫と「村上隆」さんが美術界をPOPに語り合う傑作な回があるのだけども、 それがね村上さんが若手をイナしながら突っ込む構図が、まるでディプロマやプレゼン時の学生と教授のカラミみたいでオモロくて久々にPCの前で笑いっぱなしだった。 こういう新鋭の批評家との対談はまたやって欲しいなぁ。 興味がある人は消えないうちに是非。


---見出し---
  1. ◆「長谷川利行」アルゴリズム
  2. ◆「村上隆」総論--「芸」で食む者は世界を記号化せよ
  3. ◆村上理論00--徹夜なんて努力のうちに入りません
  4. ◆村上理論01--現代の芸術作品は集団でやるべきだ
  5. ◆村上理論02--芸術家は技術よりも発想に力を注ぐべき
  6. ◆村上理論03--価値を生むのは才能よりサブタイトル


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◆「長谷川利行」アルゴリズム


作品を公募展に出しては、もれなく落選返却通知がプレゼントされ続けたり、二つ目の大学が芸大≪中退≫だったという人生の記憶から消し去った黒歴史や、 過去に付き合った女の子が芸大出やアート演劇好きなどが多かったために

十代から京都の新人展は年中行事に組み込まれ、アルカイック最後の安井賞97の鑑賞後、当時の彼女とサテンで若さ故のナンチャラで 『日本画壇の大いなる過失』と嘆き、 二人が大好きだった【鴨居玲】を讃え合った夢、敗れる以前の黒歴史。


アウトローと呼ばれた画家―評伝長谷川利行


以前のエントリーでも書きましたが、オイちゃんの埋立てている脳内黒歴史ゾーンが【ウメ】さんを見て思ったのが

「うわっ、長谷川利行」

絵画やアートに関心がある人以外は【長谷川利行】自体を知らないと思いますが、 ≪『wikipedia』にも簡単な略歴が載っています≫ そういう界隈では結構知名度の高い芸術家です。

ザッと掻い摘んで言うと『才能が有りながら生来の対人対応や自己演出ベタでチャンスを毎々つぶし野垂れ死、死後に再評価』という 詳しくは彼の評伝にあるように「ゴッホ」に喩えられたりする芸術家なんですが

対人対応や自己演出が苦手であっても下手に才能が備わっていると、公募展とか玄人ウケで入選とかしてしまい、 その才能が上手く社会に認められないという現実とのギャップに益々苦しんでバーストしてしまった人なわけです。

このバースト現象に辿り着く定石ストーリーをオイちゃんは個人的に「長谷川利行アルゴリズム」と呼ぶことにしています。

知っている人は知っていると思いますが、チョットおかしくなってしまうってのは芸術の世界ではよくある現象です。

実際にオイちゃんも目にしたこともあるパターンとしては、 臨界点を超えられない芸術家見習い達は運がイイ人は青い閃光が走る前にある者は親元に戻ったりして会社で働き、 ある者はココを起点に結婚し公民館で日曜画家たちの絵画教室を開いたり、

それでもスパークを目指し被爆に耐えた大半の芸術家見習いも頑張りすぎてチョット精神が崩壊したりとかするわけです。

お笑い業界などとは比べ物にならない規模で毎年毎年毎年毎年、芸大に学んだ後に多くの死体が転がり続けます。

それがこの界隈。




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◆「村上隆」総論--「芸」で食む者は世界を記号化せよ


絵画や建築などの芸術、アートと言うのは普通、マーケティングや自己演出などという仕掛けと遠い世界だと思われがちだけど、 コノ分野こそが最も高度な交渉術が必要な分野であったりする のをそういう関連の大学などに通って

書籍を読んだり、何故、あの芸術家は死後見いだされ売れたのか?何故、あの芸術家は生きながらにして売れたのか? を文献などで追ってみたり、

中学や高校の教科書には載らない ダリの側にマーケッターのガラが居なければ、あれほど早く売れ軌道に乗っていたか?そして矢継ぎ早に勢いが続いたか? 様々な決して安売りしない見事な自己演出が無ければピカソはキュピズムの雄になれたか? ゴッホの親族が画商と繋がっていなければココまで果たして評価が上がったか?それよりも彼の作品は見いだされたか?


『芸術起業論』


それらのハテナも、「記号化の実践」≪【村上隆】さん自体はそれを「価値を生むのは、才能よりサブタイトル」という言い回しをする。≫を高らかに歌舞く【村上隆】の出現で 空想頭と言う【お花畑】から抜け出し 身近にあるリアルな世界の現実を覗いて色々な事を気づいたりするわけです。

そして、子供の頃に信じていた「才能がある芸術家は見いだされる」という定理が神話である事を知る。 サンタクロースを信じていた夢見がちな子供は大人になる。

売れる芸術家の理由は、「独創的な芸術」の才能?

マヤカシ。

つまり現実として、「独創的な芸術」の才能なんていうのは売れるための必要条件であって十分条件ではない。

芸術の才能なんてのは大前提だ。

何故なら独創的な芸術の才能なんて溢れているから。 ただ見いだされない≪プレゼンできていない≫だけで独創性というのは案外、溢れている。

そして、そういう「サンタクロース」神話で飯を食っている【売れている芸術家】は本音を吐かない。 何故なら、そういう現実は自らの足を食べるタコになる事を知っているからだ。

なのに【村上隆】さんは、「サンタクロース」なんていないと言い切り、あらゆるインタビューを読むと自らの才能について否定的に語ることが多い。 ≪もちろん書籍やインタビュー記事などでの自己否定は、高いレべルでの否定であり日曜画家と比べてと言っているのではないので注意。殆は、そのレべルまで到達できない。≫

その上で 【村上隆】さんは、自分自身の才能についてドウ答えるかを意訳すると 「芸術という構築された世界の仕組みを解く力とディコンストラクション能力」であり、 「芸」で食う者たちへ記号化した世界で歌舞く≪自己演出≫事の重要性を説く。

だからこそ【村上隆】という芸術家は本当に凄かったりする。

【村上隆】さんの個々の作品と絡めながら考察すると、他の人もやってるし長くなるし在りきたりだから「作品を通して【村上隆】のどこが今までの芸術家とドウ違うのか」は、また別のエントリーで噛み砕いて考察するとして

今回のエントリーは【村上隆】さんがインタビューや書籍で説く 「芸」で生き抜く理論を【現代芸能】に援用し当てはめてみる と面白かったので論じてみたい。

おそらく、こうなる。

【現代芸人】が 売れるためには「必要条件」である【ネタの力】だけでは「十分条件」ではなく、「業界の構造」である【現代芸能】を知り、 「記号化」した後にその世界のルールに則り自ら演出し、価値をあげブランド化する事。

となり次に、これは具体的に【現代芸能】に当てはめると、どういう事を指すのだろうか?

検証し、考察してみたい。




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◆村上理論00--徹夜なんて努力のうちに入りません


「徹夜なんて努力のうちに入りません」-->【ムラカミ】理論では、あらゆる「芸」≪F1ドライバーなども含む≫をもって プロとして売れる為の心構えとして、「覚悟」の重要性を指摘します。



【ムラカミ】理論に貫かれている「プロ意識の高さ」をよく現している言葉として「徹夜なんて努力のうちに入りません」というフレーズがあり、 趣旨としては「芸」で食ってるヤツ≪絵画美術≫が徹夜程度を苦しいって「お前は学生か?」と、そして「一生懸命という幻想の中に慰めを見出している」と一刀両断です。

「芸」で食ってるプロであれば徹夜や一生懸命した事を価値基準に置くことをレベルの低い議論とし、完成しなければ完成するまで自分を追い込むは当たりまえで 「芸」における 地獄とは「寝ても覚めても出口も入り口もない捻れた空間」で答えが出るまで走り続ける挑戦である。とし

そのプロとして「芸」≪芸術≫で食う世界とは、

「ぎりぎりまでやらないと、ものが見えてこない世界」
「集中力と体力がきれたら、すぐに死ぬしかない世界」であり、 そして不可能に挑戦するために、その世界に突っ込んでいくのがプロ。と表現する【ムラカミ】理論。

コレ系の本が好きでヨク読んでいますが、ココまでストレートで表現し尚且つ口先だけでなく世界でキッチり結果をだしている【現代作家】は 【村上隆】さんぐらいなので、

≪具体的な名前は出しませんが、【現代作家】のコレ系のインタビュー記事を色々読むともう少し穏やか口調か、 または多く語らない、または、結果は出しているけどキャラ付けなのか言っている事がお花畑系、はたまた理想論を語るけど言うほど結果残してない。 っていう色々なタイプの作家の中でも【村上隆】さんは怒りとトゲトゲしいリアル感で特異。≫

一発勝負で見事に敗れ 地味に派遣ガテンで借金返済しながら人生を底辺でヌルく暮らしているオイちゃん達のようなリアル敗北者には【ムラカミ】理論がボディに効きます。 ので読み手を選ぶのも納得出来ます。≪御存知の通りアンチも非常に多い≫

しかし、

「芸」≪現代芸人含む≫で食っている人で結果を出せていない前向きな人には、 芸大の教授も絶対に教えてくれない「芸」で戦うとは如何なる事か?を剥き出しの言葉で語る【ムラカミ】理論は リアルが見えてきて凄く為になると思います。

そして若くもなく黒歴史がある人の中には、 病気で余命が幾許も無く 死ぬ直前に親から「実は、お前は河から流れてきた桃から生まれたンだよ。」って病床で初めて聞かされる鬼退治に行かずガテンな人生を歩んだ「桃太郎コント」の主人公な気分になれる人も多いと思います。ガクッ。

「返事がない。ただの屍のようだ。」




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◆村上理論01--現代の芸術作品は集団でやるべきだ


【ムラカミ】理論には、「芸」で身を立てて成功する術として、いくつもポイントが記されているのですが【現代芸能】に当てはまる大きなポイントを3つあげて考察したい。

「現代の芸術作品は集団でやるべきだ」--> まず、【ムラカミ】理論では、芸術の世界≪現代美術≫を分解し記号化した時に工房的な集団力の重要性を指摘します。



≪後に優秀な画家も産んだ初期のレンブランド工房等における成功を意識しているのかもしれない。レンブランド工房だと一般読者にはわかりにくいのでイメージしやすいようにルーカスを引き合いに出しているが別の項で「光悦村」などにも言及しているので。≫

もちろん、あの隆盛を誇ったレンブランド工房でさえ後期は表面上の理想とは裏腹にガタガタと国情共に崩れ去り、遂には破産して在庫として残った作品も叩き売られてしまうわけで、

熱烈なファンの人には怒られそうですが常に強気な【村上隆】さんの「カイカイキキ」だって今後、どうなるかは誰にもわかりません。だけども【レンブランド】と共にレンブランド工房作品が世界に与えた名声は今なお輝き続けているわけで、

記号化した後の世界では、「レンブランドの破産なんてのはドウでも良いホンの小さい事」である現実を鑑みると 芸術作品での集団力の重要性は証明されているとも言える。

この【ムラカミ】理論を【現代芸能】に援用し当てはめると「芸能事務所」での集団による利点機能として「2点」あり


  1. 「マネジメント機能」-->ヒトツは「芸能事務所」が商品である『芸人』の販売や露出の管理などを芸人本人の代理として行う機能。

    これは「業界の構造」である【電波媒体の露出度が販売単価】に直結するという【現代芸能】世界での仕組み上、 【現代芸人】が「芸能事務所」に入らず全ての処理を行う「フリー」という状態で売れ勝ちぬくことは不可能である事を指す。


  2. 「スタッフ機能」-->フタツは、芸能事務所」が商品である『芸人』の価値を高めていくフレームの構築という作業などを芸人本人のスタッフとして行う機能。

    従来はマネージャーが「スタッフ機能」を兼ねることが多かったが 今後は益々、【現代芸人】の主戦場媒体が【電波】や【ネット】などミックスメディア化していくと現場が専門化していくので、 その戦場に対応した「スタッフ」の力が占める割合が増えることは確実。

    音楽業界のサンプルのオケファイル如く、時代の流れを読みながら ネタを『芸人』と共に練る「ライター」や、戦略に沿って企画を立案する「構成」や、各媒体に対応し現場指揮を行う「興行マネージメント」等 いかに優秀で質の高い「スタッフ」を集められるか?という事が「芸能事務所」の盛隆にも作用してくるハズ。


同じ口演芸でも 寄席≪割り≫や舞台≪出演料≫、営業≪発注≫を主戦場とする 落語や講談、浪曲など【古典演芸】では、基本フレームが業界の構造上「ルート営業」的であり ≪当然、例外な古典演芸人もいるが割合としてはごく僅かであり、評価もそこを重視しないようである≫、

活動の場がコンパクトなので≪TVなどの電波マス媒体が主戦場とならないので≫大きさのデメリットを感じない場合が多い為に「個人事務所」が比較的多いと推察出来る。

しかし、

鈴本など大衆寄席の出演が約束される組合に所属しない、又は徒弟制度上の師匠を持たない漫才やコントなど養成所からきた【現代芸人】は、そうはいかない。

【古典演芸】と違い業界の構造上【現代演芸】の主戦場は電波を主とする「マス媒体」である。

つまり、屋号を持たない継承芸でない格がない 【現代演芸】では業界の構造上「電波等マス媒体での露出度が芸人の価値である販売単価を決定する」というルールで運営させている為に 個人規模では戦えない事を推察出来る。

≪現在、落語など上方の古典口演芸では真打制度はないが、ちゃんと香盤による格付けは明確に存在している。≫

従って、【現代演芸】で売れる為には「芸能事務所」の所属は必要条件であり、その上で「集団の力」の質が重要視される のであって、無所属フリーなのに【現代演芸】で大成功という現代芸人の例外を一生懸命さがしているのだが未だにホボ見当たらない理由もその構造にある。




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◆村上理論02--芸術家は技術よりも発想に力を注ぐべき


「芸術家は技術よりも、発想に力を注ぐべき」-->2つめの【ムラカミ】理論では「芸術家」が売れる為の方向性として、 「技術」よりも「発想」などの独自性の重要性を指摘します。





ただ、この文脈で読み違えそうなので再度書くと「絵の上手さを追求するよりも独自の作風にこそ意味がある」という趣旨の 【村上隆】さんが唱える「追従者でなく革命家」というフレーズも絵の上手さのレべルは「日曜画家」程度の 事を言っているのではなくて、

一通り色んなインタビュー記事や書籍を読んでいると【村上隆】さんが言う、この「絵の上手さ」というのも、 ルネッサンスのお抱え宮廷画家のような職業模写レベルという、どうやら物凄い職人レベルの話をしているっぽいのです。

≪【村上隆】さんもボナールを使ってゴッホを批評して「絵の上手いよりも、ストリー性が重視される」など刺激的な言い回しをした時は、 流石にそういう世界をあまり知らない若年読者に勘違いがないように絵画的な力はある事が前提という高いレベルの事を話ているんだよ。 という注釈を言うときがたまにある。が、大抵はそういう「フリーザ対悟空」という前提を【村上隆】さんは省いて語る事が多いので他の批評家によく勘違いされるパターンが多い≫

別の喩えとして「上手いギターリストになるな。自分の音を出せるギターリストを目指せ」という趣旨を語っていたりしていますが、 もちろんその上手い下手レベルはFは指で押さえるのが難しいとかいうレベルではないのだと思います。

【村上隆】さんの中ではプロなら「高いレベルで一定の技術や知識の基礎はあって当然」であり、 そんな当たり前の事をいちいち言わない。というスタンスのようなので注意が必要。

この【ムラカミ】理論を【現代芸能】に援用し当てはめると「技術よりも発想」として「2点」のポイントがあり


  1. 「オリジナリティ重視」-->ヒトツは『芸人』が短期でなく長丁場で残るには「芸」のオリジナリティが必要。

    人真似や単なるアレンジ「芸」であれば記憶から抜けるスピードが早い。 「あの芸は、あの芸人」というオリジナリティを持つと人の記憶と紐付けされ消えにくくなる。

    【ムラカミ】理論では総して単なるアレンジについて「追従者は小銭を稼ぐ事はできるでしょうが、小銭は小銭です」と一刀両断です。


  2. 「ルールの理解と再解釈重視」-->フタツは、オリジナリティとは世界を知り、他の中での自分を知る事。

    【ムラカミ】理論の中で中心となるのが「世界の記号化」であり、自分が戦う戦場のルールを完全に把握した上で勝つために自分をその戦場の中で 有利な位置に置き再解釈をする事を重要視しています。

    Ph.D.の論文でもポジショニングマップなどを使って記号化から相対を現そうとする試みを行っている。


あと【ムラカミ】理論では「オリジナリティ」についても「スーパーオリジナル」「アレンジから新しく生まれるオリジナル」 と「単なるアレンジ≪リメイク≫」という 大きな3つの概念があり、

また 「単なるアレンジ」と「アレンジから新しく生まれるオリジナル」の差として「ルールの理解」と「再解釈」という 理論構成で違いを明確にしています。

≪【村上隆】さんのアンチが主に攻める部分がココなので、この部分の【ムラカミ】理論はガチっと固められてます。≫

論点だけだと少し分かりにくいので

細部については【現代芸能】に置き換えて具体的な例をあげて別エントリーで考察する。




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◆村上理論03--価値を生むのは才能よりサブタイトル


「価値を生むのは才能よりサブタイトル」-->3つめの【ムラカミ】理論では「芸術家」が売れる為の肝として、 「才能」よりも「サブタイトル」とストーリーの重要性を指摘します。



あくまでも「価値を生むのは才能よりサブタイトル」であり、この「メインの表題」でなく 「サブのタイトル」に注目するだけでなく種明かしした上で実践している部分が非常に失礼な言い方ですが 【村上隆】さんの本当の地頭≪じあたま≫の良さというか、

【村上隆】さんの「怖さ」なわけです。

だって、その「種」だけで食べている「現代作家」だっているわけです。 「凄い絵描きは賢い人間しか見るコトができない。」 という畏まったスギゾ・キッズ達の幻想や、その構図に群がる層を【ムラカミ】理論では

思いっきり「おーーい、みんなーーー聞いてくれーーー、絵描きは裸だ!」って言っちゃうわけです。

「売れ」には「美術界における文脈の中でストリー性」が何よりも優先される。と 綺麗事でなくリアルを見せてしまうわけです。

そして【村上隆】さんは、そういった【ムラカミ】理論をもって世界で「売れ」て実証して見せたわけです。

もちろん、たまに美術館に出かけて彼女にインターネットで調べたウンチクを語るという役目がアートの唯一の役割である一般の人は ソレ系の書籍などを読まないから、そういう 【村上隆】さんが「日本美術界の絵描きは裸だ!」というコノ界隈で起こしたファーストインパクト の意味合いを知らないから、

従来の機構で食う人達の飯の種である 「サンタクロースはいる」という神話は現実として生き続けるわけですが、

先日、お亡くなりになられた華麗なる反日の大先生を頂点として戦前戦中と才能のあった日本国家国民のために命をかけて戦った戦争画家を次々とパージし続けた

綺麗な日本画壇ヒレラルキーに収まり、 そういう界隈の評論を恭しく読んでいた階層は「あははは。なんだかなぁ。」と色んな意味で起きてはいけないことが起きて「ガラガラポン」なわけですよ。

ただ、この界隈を考察していいてタマラなく オモシロいのが、

こういうファーストインパクトを受けても、それをなかった事にして右から来た【村上隆】さんを左に受け流し過ごす層、 「サンタクロース」を殺した【村上隆】さんを殺人罪に問おうとする層、 ガラパゴスの素晴らしさだけを主張し始める層、本流はコチラだと言い出す層、なんかわからんけど【村上隆】さんがムカつく層、 とりあえずまだ様子見をしながら片足をかけて置く層、 旨みだけをいただこうとする層、全世界の共通事項のような美術批評していた評論家に怒る層、 【村上隆】さんの信者になる層、オイちゃんのようにニヤニヤ笑う層。 とかに分かれるわけです。

そうなんです。このインパクトは、 最近教授になられた【某多摩美先生】さん達が美術評論本でレンブラントの傑作であり代表作として『黄金の兜の男』を大絶賛しておられた のがレンブラント自身の手で描かれていない事が近年、解明されて「あははは。なんだかなぁ。」とか感じた比じゃないわけです。

≪もちろん、【某多摩美先生】さんダケではないが解説がわかりやすいと当時もてはやされていたので、まぁ知らないとは思うけども。 レンブラント自身が手を入れていない工房作品であることが逆に工房の成功を証明しているとも言えるけど。後付だしね。≫

≪ちなみにレンブラント『黄金の兜の男』の色々な顛末については興味がある人は「弐代目・青い日記帳」さんの「迷宮のレンブラント「黄金の兜の男」」が、この界隈のオモロをよく伝えられていますのでどうぞ。≫

この「価値を生むのは才能よりサブタイトル」という【ムラカミ】理論を成功で見せつけ、 あのバブルの時期にタケノコが如く現れ当時はモテハサレるも多くはバブル後に見事に沈んだ 具体的な名前は挙げないけども多くの「現代美術家」を横目で見ながら 紆余曲折有りながらも【村上隆】さんは今現在も【ムラカミ】理論と共に生き残り、爪痕を残し続けている現実。

ただね。ココでオイちゃんのようなこの界隈好きは 【ムラカミ】理論を使って自分なりに解釈した「スーパーフラット」に付いて語り批評しそうになるけども、 それは非常に読み手側から見ると如何にも感がダサイので≪コノ感覚もその界隈に興味のある人しか分かりにくいだろうけども≫ヤッちゃダメ。

なので本筋に戻して


  1. 「サイドストーリーを作る」-->ヒトツは『芸人』が短期でなく長丁場で残るには「紐付けした芸」を支える物語が必要。

    いわゆるオリジナルを重視する上で、観客の記憶に強く印象を残しておくには、その紐付けされた「芸」にまつわる枝葉が 特徴付けられなくては効果が薄くエッジが立ちにくいと言う事。

    経営学でいうところの「差別化」戦略では一方向だけではなく「チャネル」であったり「パッケージ」「マーケティング」とか 「間接・直接のサービス」「営業手法」などの複数で行わないと効果が定着しないのと同じ。


  2. 「文脈に入れ込む」-->フタツは、【現代芸能】の世界で「売れ」に入るには自己解釈し終えた「紐付けした芸」を業界でポジショニングし立ち位置を明確にする。

    これは【ムラカミ】理論の中で特に何度も繰り返し述べられているのが「文脈に入れ込む」という作業であり、コレをしないから日本の芸術家は世界で負ける。と述べている部分。

    自分が戦う【現代芸能】のルール上で、勝つために作った「サイドストーリー」が、「芸」に対し どう言う意味合いを持っているかと言うのを明確に提示して「観客に鑑賞する理由や意味を提供する」作業。


この界隈の書籍などを読んで全体が掴めていないと何のことを言っているかわかんないと思いますが

オイちゃんのような一般的な美術好きから見て 【村上隆】さんという作家が他の「現代作家」と比べて凄いところは、

「えっ、そんな事いっちゃっていいの?」という 従来の日本人作家は、わかっていても口に出して言わないのだろうなぁ。 という作家も鑑賞者も互いに「心のなかでウヤムヤ」にしている部分を剥き出しの言葉で鑑賞者にぶつけ

≪例えば、そういう世界に全く興味がない人は知らない 日本では「号数単位売り」の理由だとか、カネを絵画で献金するときに溶かしやすかったから画商が政治に暗躍する 歴史的背景とか知っていても語られないことは多いわけで。≫

【村上隆】さんは、マスクマンよろしく「奇術」の種明かしをしたうえで「じゃ、それを踏まえてムラカミのマジックを見よ!」と鑑賞者に再度 「手品」を見せつけ、

尚且つ成功させて、種がわかっている鑑賞者も喜ばせているエンターテイメント性にあるような気がします。

この「種明かし」と「アレンジから新しく生まれるオリジナル」で日本の美術を再構築しようとしている【村上隆】さんの凄さは、 この界隈に全く興味のない人にはチンプンカンだとは思いますが。

結論として【村上隆】さんが目指している事を端的に現しているのが次のような言葉であると推察できます。

死後の評価が勝負ですよ。生きているうちはどうでもいい。岡本太郎だってそうでしょう。 (村上隆 : 『日本の顔』 :文藝春秋5月2004)


インタビュー記事や書籍などでも何度も「現世とは自分の理論を試す場所であって勝負は死後」 と語る【村上隆】さん。

【北野武】師匠とお笑いや芸術について語った「ツーアート」 でも絵画や演芸が共に「芸」で食うというよく似た構造である事をわかりやすい言葉回しで述べられている【村上隆】さん。

【村上隆】さんの言動を考察していると【北野武】師匠よりももっとシンクロ率が高い芸人さんがいる。

それは、トある芸人さんも若い時からラジオを聞いていたりインタビュー記事や書籍なんかを読むと 「現世とは自分の理論を試す場所」という趣旨の事を語っていたりする。

それは誰か?

その芸人さんは、

【島田紳助】師匠だ

また、それがどういう意味かという考証は、ハイヤングKYOTOやヤンタン木曜のヘビーリスナーであったオイちゃんが

【島田紳助】理論と【ムラカミ】理論のシンクロ率の高さを今度は 【現代芸能】側から解く

という別エントリーで考察したい。



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